2012年1月30日 (月)

カリスマ添乗員“平田進也氏講演会” & 姫路城の歴史(74)

先日、友人の会計事務所(尾上会計事務所様)が主催する講演会に行ってきました。

その演者が、本日標題のカリスマ添乗員平田進也氏です。

私は講演会の当日までこの方を全く知りませんでしたが、かなり有名な方で、お話を聞けば、平田さんの話はパワー炸裂、笑わずにはいられない、泣かずにはいられない。そんなお話を聴いているうちに、約2時間の講演が瞬く間に終わってしまいました。大いに元気と感動を頂き、カリスマ添乗員 平田さんの言うてはる様に、いっちょう 人様を笑わせて、人様を楽しませる為に活きまひょか!! そんな気持ちにさせて頂きました。

平田進也さんのプロフィールを講演の時に頂戴した資料から簡単に抜粋し紹介します。

 昭和55年に京都外大を卒業して同年㈱日本旅行に入社し、現在、西日本営業本部担当部長兼添乗員です。大学時代からTV番組「ラブアタック」の名物みじめアタッカーとして活躍、就職後もその奇抜なキャラクターを生かして、「合コン合宿・解放区」「おはよう朝日です」

「探偵ナイトスクープ」「ガイヤの夜明け」「笑っていいとも」などなどテレビ出演は600

を超える。

 人を魅了する旅行を企画し、又、添乗員として、爆笑トークや、女装に歌あり涙ありの

「平田進也と行くツアー」には発売すると直ぐ完売になるど幅広いファンを持ち、ファンクラブもあり、会員数は22,000人を超える。

 200911月に日本旅行では、平田氏を代表として新セクション「おもしろ旅企画ヒラタ屋」

を立ち上げ、国内外のおもろいツアーを年間50本以上売りだし、年間の販売高は8億円に上ります。

おもろいツアーだけでなく、街おこしの為に自治体と連携したり、環境保護活動を織り込んだり、またまた、高齢者向け施設を慰問してトークショーを開いたりと、社会貢献活動もされるそうです。

 講演時に教えて頂いたおもろいツアーを2つ紹介致します。

一つは、冬のどなた?です。韓流ブームの火付け役となったドラマ「冬のソナタ」が大きなブームを引き起こし、テレビのシリーズが終了した時、世の女性達、特に平田さんの奥さんが、脱力状態に陥っているのを見て思いついたのがこのツアーだそうです。

真夏の暑い時に、韓国の冬のソナタのロケ地を周り、平田さんが、いわゆる「ヨン様」に変身し、灼熱の太陽の下、雪降るロケ地を想像して、首にマフラーをぐるぐる巻いて「ヨン様」を演じるなど、女性の心をわしづかみにしたこのツアーは、募集から直ぐに完売し、2000人を集めて飛行機をチャーターして皆大喜びの大成功のツアーになったそうです。

 また、現在企画募集が続いているのが、「仇討ちツアー」という名のツアーで、対象は女性だそうですが、このツアーの案内は、平田さんのブログからお言葉をそのまま紹介致します。

http://ameblo.jp/shinyahirata/entry-10820371553.html

「久々 仇討ちツアー大阪」

皆さん~久しぶりに仇討ちツアーですよ。四時間の家出をやります。

今まで、、男は飲み歩き、待つ身は私達だった、、今までの積年の恨みを込めて、仇を討つ。

名付けて仇討ち四時間の家出ツアー。ストレス溜まっている女性群はいませんか?

私が皆さんを歓楽街をご案内します北新地のクラブ、お洒落なレストランでコース料理、

そのあとはタクシー乗ってニューハーフショーです。人気のコースです。

これは、男たちばかり飲み歩いていたことに仇を討つと言いながら、以前は、バブルで賑わっていた大阪北新地も今は不景気のあおりを受け暇となり、そんな大阪北新地を盛り上げる為に、このツアーは17時過ぎというよると言えば早すぎる時間から始まり、各お店の暇な時間に訪問するため価格も格安なお得なツアーです。

講演の内容を簡単に紹介します。

2時間のお話を勝手に要約すると、平田さんのは、コンな事をいわれていたと思います。

『何の為にいきてるの?

 人を喜ばせるためでしょ。笑わせる為でしょう。

 何の為に仕事してるの?

 自分の為ですやん。やらされ仕事はおもろない。

 自分の発送力と創造力で、仕事を楽しくしましょうよ。

 人を喜ばせ、笑わせる仕事をしながら、成果も上げて、

 自分を磨いていくんが仕事チャイますか。人生ちゃいますか!!』

素晴らしいお話を聞かせて頂きました。

そして、私は『笑い』というものについて大いなる関心を持ち、少し研究してみようと思ってます。

以上、本日も最後までお付き合い頂きありがとうございます。

* * * 姫路城の歴史(74) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

74回目は、  姫路城の歴史 姫山公園をぶ~らぶら の

 『城兵を伏せる「勢隠曲輪」』 と 『無敵の虎口「喜斎門」』をお届けします。

『城兵を伏せる「勢隠曲輪」』

 姫路城の螺旋状(らせんじょう)の濠は、「姫路神社」の向かいを起点として左回りとなっており、その内側は、築城以来、人の手が加わっていない「原始林」となっています。

 また、現在「姫路公園」となっている場所は、「勢隠(せがくし)曲輪」と呼ばれており、「勢隠曲輪」は一般的に、平城において城の背後に兵を隠しておく場所なのですが、実際にどのように使われたのかはわかっていません。

『無敵の虎口「喜斎門」』

 姫路城の搦手を守る「喜斎門(きさいもん)」は、現在、石垣のみとなっていますが、江戸時代には「櫓門」となっていました。また、その内側の「東三の丸」に土塀を引き廻し、「喜斎門」の西に築かれた「喜斎門西門」との間を「枡形(ますがた)」としました。

「喜斎門」に攻め寄せた敵は、門前に架けられた逃げ場のない屈曲した長い土橋の上で「喜斎門」の櫓門や三方の土塀の「狭間」から容赦のない攻撃を受け、大きな損害を受けることは必至です。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶらから

               『「」 「」』を紹介させて頂きました。


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2012年1月23日 (月)

森信三先生の“しつけの三原則”& 姫路城の歴史(73)

 昨年末の12月に致知出版社から人間学入門という本が出版されました。
この本が出版された目的は、その巻頭に「人間学入門」発刊に寄せて という文章の中に明確に書かれています。次にその言葉をそのまま紹介します。

 過去にも未来にもたった一つしかない、この尊い命をどう生きるか---
それを学ぶのが人間学であり、その人間学を学ぶ為に先知先達の教えに心を磨き、自らの人格を高め、それを道しるべに、自分にしか生きられない、一回限りの人生を豊かに生き抜くべく務め励んだ、たくさんの人がいます。
 私たちもそういうすぐれた先人たちの生き方に学び、このたった一つの尊い命を輝かせたいと思います。

 この文章の通り、この本 「人間学入門」 は、多くの先知先達のインタビューや金言などが、とても平易で分かりやすく紹介さています。

 この本の最初に登場するのが、哲学者 森信三先生の八十九歳時のインタビューのお話です。
その中で、森信三先生の「しつけの三原則」の話は、単純明快な内容の中に、とても重要な教えがあり、子供のしつけなど家庭教育に悩む方だけでなく、現在の日本の社会問題の大本は、この話に尽きるのではないかと思い、本日の“おたまはん日和”で紹介させて頂くことに致しました。

以下は、インタビューのお話の途中から一部を抜粋したものです。


-(質問者)言霊(ことだま)って言葉がありますね。あれはどういうふうに解釈されますか。

森信三先生の答え

文字通り、命の根本は魂だ、ということでしょうね。
大体、古代語は単純明快ですね。細工が入らん。言い換えると、論理が入らん。

-(質問者) 逆に言うと、真理ってのは単純なんでしょうね。

森信三先生の答え

そうです。真理ほど単純明白なものはない。ところが、西洋哲学が入ってきていろいろとね

-(質問者) 先生の説かれて「しつけの三原則」なども単純ですね。

森信三先生の答え

その通りです。
一、朝、必ず親に挨拶をする子にすること。
一、親に呼ばれたら必ず、「ハイ」とハッキリ返事のできる子にすること。
一、ハキモノを脱いだら、必ず揃え、席を立ったら必ずイスを入れる子にすること。

じゃ、このしつけのコツはというと、まず、母親自身が、ご主人に対して朝の挨拶をハッキリするようにし、また、ご主人から呼ばれたら、必ず「ハイ」とハッキリした返事をするように努力することです。

-(質問者) ああ、母親自身が。

森信三先生の答え

この「ハイ」という一語によって、その人は、「我」を捨てるわけです。つまりそれまでの意地や張りの一切を投げ捨てるわけです。同時に、それによって当の本人はもとより、一家の人々の雰囲気までが変わり出す。
 
昔ね、登校拒否の中学生を持って困り抜いたお母さんから相談を受けたんですがね、その解決法はただ一つあるだけです。それは明日からあなたがご主人によく透(とお)る声で「ハイ」と返事をされることですと言った。その人はその通りにしたんでしょう、その子供はその後十一日目にはもう登校し出したとのことでした。
「ハイ」という言葉を本当に言えたら、非行少年でも徐々に変わってくる。ところが、本当に「ハイ」
が言える婦人は百人のうち二、三人じゃないかな。

表現を変えればね、これだけの俸給を得るために、主人がどれほど下げたくない頭を下げ、言いたくないお世辞を言っているか---ということの分かる奥さんにして、初めて真に聡明な母親となるわけです

私から申し添えられる言葉はありません。
自分に出来ることは、しつけの三原則の教えを次の通り実践する事です。

一、自ら率先して明るく朗らかに活き活きと勇ましく「おはようございます。」と挨拶する。
一、人様に呼ばれたら必ず、「ハイ」とハッキリと直ぐに(0.2秒で)返事をする。
一、ハキモノを脱いだら、必ず揃え、席を立ったら必ずイスを(音を立てずに)入れる。

自己を磨きあげるのは、単純で簡単な事を、毎日、怠らず実践するという事なのだと自分に言い聞かせです。

本日も、お付き合い賜りありがとうございます。

 
 
* * * 姫路城の歴史(73) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第73回目は、  姫路城の歴史 『最後の姫路城主「酒井家」』をお届けします。

 最後の姫路城主となった酒井家は、その祖先が徳川家の血縁となる譜代の家臣で、多くの大老や老中を輩出した名門の家柄で、姫路藩主を務めた酒井家は、代々「雅楽頭(うたのかみ)」を名乗ったことから、「雅楽頭酒井家」と呼ばれます。「雅楽頭酒井家」は、1601年(慶長6)、藩祖・酒井正親(まさちか)の次男・重忠が、上野国前橋藩主となって以来、ずっとこの地を守り続けてきましたが、1749年(寛延2)、酒井忠恭(ただずみ)が藩主の時、国替えとなって姫路へ移って、39代姫路城主となり、その後、1871年(明治4)廃藩置県が行われるまでの122年間、姫路城主を務め続けました。
「雅楽頭酒井家」は、代々学問や風雅を重んじる家柄で、藩校「好古堂」はもとより、私塾の「仁寿山校」、庶民のための学校「熊川舎(ゆうせんしゃ)」などを開校し、学問の発展に努めました。また40代城主・酒井忠以(たださね)(宗雅)は絵画・茶道・能などに非凡な才能を示し、その実弟・酒井抱一は高名な画家となっています。また今日もある和菓子やかりんとう、革製品などの地場産業は、酒井家の家老・河合道臣(みちおみ)の時代に開発されたもので、今日の姫路の文化の基礎となっています。
 

 
以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P50 から
              『最後の姫路城主「酒井家」』を紹介させて頂きました。

 
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2012年1月16日 (月)

元日の一日一言を楽しむ & 姫路城の歴史(72)

私の書棚には、「一日一言」と題名のつく本が16冊並んでいます。
それぞれ、聖者・賢人の名前や偉大な書籍の名前などが「一日一言」の先につきます。
15冊は致知出版社から、そして、1冊は天風会編としてPHP研究所から出版されています。

題名は、
森信三教師の為の一日一言に始まり、安岡正篤一日一言、坂村真民一日一言、吉田松陰一日一言、佐藤一斉一日一言、修身教授録一日一言、二宮尊徳一日一言、とつづき、あとは、論語、東井義雄、四書五経、中江藤樹、ローマの名言、易経、万葉集、釈迦、そして、中村天風一日の全16冊となります。

 私は以前に、この一日一言の 安岡正篤先生、坂村真民先生、そして、東井義雄先生の三冊だけは、毎朝読んでおりましたが、どんどん一日一言シリーズが出版されてくるうちに読まなくなり、今は、一日一言は小休止して、中村天風哲人の「真理のひびき」一冊を毎朝読むようにしております。

 今日は、新年を迎えて、この16冊前冊の一日一言の元日の言葉を読み直し、聖者賢人の言葉に触れてみたいと思います。16冊分となると少し長くなりますが、ご興味を感じて頂いた御方はどうぞお付き合い下さい。そして、ご意見や御感想なども頂ければ幸いです。


*森信三 教師の為の 一日一言より
「人生の大観」
 わたくしは、三十五才の頃に、「この人間の一生というものは、二度とこれをくり返すことができないものだ」ということを、しみじみ心の底から痛感せしめられたのであります。
 どうして人生の半ばを過ぎる年ごろになって、はじめてこの人生の根本的真理に目覚めたそのキッカケはと言えば、現世的栄達の希望が遮断せられることに即して、人生を大観するの明知が兆し始めたということでありましょう。


*安岡正篤一日一言
「年頭自警」
一、年頭まず自ら意気を新たにすべし
二、年頭古き悔恨を棄(す)つべし
三、年頭決然滞事(たいじ)を一掃すべし
四、年頭新たに一善事を発願すべし
五、年頭新たに一佳書を読み始むべし


*坂村真民一日一言
「願い」
日本を
楽しい国にしよう
明るい国にしよう
国は小さいけれど
住みよい国にしよう
日本に生れてきてよかったと
言えるような
国造りをしよう
これが二十一世紀の日本への
わたしの願いだ


*吉田松陰一日一言
「人の禽獣に異る所以」
凡(おそ)そ生れて人たらば、宜しく人の禽獣に異る所以知るべし。
蓋(けだ)し人には五倫あり、而して君臣父子を最も大なりと為す。

注)五倫=父子の親、君臣の義、夫婦の別、長幼の序、朋友の信


*佐藤一斉一日一言
「天を師とする」
太上は天(宇宙の真理)を師とし、其の次は人(聖人や賢人)を師とし、
其の次は経(聖賢の書)を師とす。


*修身教授録(森信三)一日一言
「真の人間生活への出発」
 大よそわが身に降りかかる事柄は、すべてこれを天の命として慎んでお受けするということが、われわれにとっては最善の人生態度と思うわけです。ですからこの根本の一点に心の腰のすわらない間は、人間も真に確立したとは言えないと思うわけです。
 したがってここにわれわれの修養の根本目標があると共に、また真の人間生活は、ここからして出発すると考えているのです。


*二宮尊徳一日一言
「報徳を忘るべからず」
父母ノ根元ハ天地ノ令命ニ在リ
身体ノ根元ハ父母ノ生育ニ在リ
子孫ノ相続ハ夫婦ノ丹精ニ在リ
父母ノ富貴ハ祖先ノ勤功ニ在リ
吾身ノ富貴ハ父母ノ積善ニ在リ
子孫ノ富貴ハ自己ノ勤労ニ在リ
身命ノ長養ハ衣食住ノ三ニ在リ
衣食住ノ三ハ田畑ト山林ニ在リ
田畑ト山林ハ人民ノ勤耕ニ在リ
今年ノ衣食ハ昨年ノ産業ニ在リ
来年ノ衣食ハ今年ノ艱難ニ在リ
年年歳歳ニ報徳ヲ忘る可カラズ


*論語一日一言
「朋遠方より来る」
子曰わく、学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。
朋遠方より来る有り、亦楽しからずや。


*東井義雄一日一言
「いのち」
最高に不思議なもの
いのち
それが今ここにある


*四書五経一日一言
「日々新たなり」
苟(まこと)に日に新たに、日々に新たに、又た日に新たなり。
注)殷の湯王が洗面器に刻んだ銘だと言われている。
 湯王は毎日顔を洗うときに「日に新たに、日々に新たに」と心に刻み付けていたそうである。


*中江藤樹一日一言
「天よりも高く」
父母のおんとくはてんよりもたかく、海よりもふかし。あまりに広大無類の恩なるゆえに、
ほんしんのくらき凡夫は、むくいんことをわすれ、かえって恩ありとも、おんなし共、
おもわざるとみえたり。
【訳】父母からうけた恵みは、天よりも高く、海よりも深いものである。それがあまりに広大で、他と比較することのできない恵みであるゆえに、利欲の心におおわれてた凡人は、其の恵みの有無さえも、なにひとつ思わなくなってしまうのである。


*ローマの名言一日一言
「第一歩が難しい」
第一歩が一番難しいということ。何をやるにも第一歩が難しい。逆に、難しいと思えた
仕事なども、思い切って第一歩を踏み出せば、案外スムーズに進むことはよくある話である。


*「易経」一日一言
「元亨利貞(げんこうりてい)」 乾は元(おお)いに亨(とろ)りて貞(ただ)しきに利(よ)ろし。
「乾」は偉大なる天の働きであり、天道を司る根元をいう。
「元」は物事の始まり、元旦の元である。ここを初めとして万事が生じる。
「亨」は通る、通じる。生じた万物が育っていくということ。
「利」は収穫、実り。万物が育っていけば、必ず実りがある。
「貞」は正しい。実りが正しいものであれば、それは堅く守られていく。


*万葉集一日一言
新しき 年の初めの 初春の 
今日の降る雪の いや重(し)け吉事(よごと)
【訳】元旦で立春の今日、この雪が降り積もるように、いよいよか重なれ。よきことよ。


*釈迦一日一言
「ただ現在あるのみ」
過去を追うな。
未来を願うな。
過去はすでに捨てられた。
未来はまだやって来ない。
だから現在のことがらを、
現在においてよく観察し、
揺ぐことなく動ずることなく、
よく見きわめて実践すべし。
ただ今日なすべきことを熱心になせ。
誰か明日の死のあることを知らん。


*中村天風一日一言
「生きる力」
 およそ人間としてこの世に生まれ、人間として人生に活きるために、第一に知らねばならないことは、人間の“いのち”に生まれながらにして与えられた、生きる力に対する法則である。
 まこと、自分のいのちの中に与えられた、力の法則というものを、正しく理解して人生に活きる人は、真に、限りなき強さと、歓喜と、沈着と、平和とを、作ろう思わなくても出来上ってくるように出来ているのである。
 それを一番先にわれわれは知らねばならない。


以上、16冊の一日一言の元旦の文章を紹介させていただきました。
この中で、私の一番好きなのが、坂村真民先生の「願い」です。
この「願い」という詩の言葉が私は大好きで、この詩の言葉を自分自身の願いとして生きていきたいと思います。そして、この詩の思いに共鳴し、本当にこの日本に生れてきてよかった言える国にしたいと熱望する人が、東日本大震災の後どんどん増えていると私は感じています。

最後にもう一度坂村真民先生の「願い」を掲げ締め括らせて頂きます。
ありがとうございます。

坂村真民一日一言 1月1日

「願い」
日本を
楽しい国にしよう
明るい国にしよう
国は小さいけれど
住みよい国にしよう
日本に生れてきてよかったと
言えるような
国造りをしよう
これが二十一世紀の日本への
わたしの願いだ

 

* * * 姫路城の歴史(72) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * * 

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第72回目は、姫路城の歴史 東三の丸をぶ~らぶら
                  『酒井家の祖を祭る「姫路神社」』
                              をお届けします。

「東三の丸」の北東にある「姫路神社」は、酒井家の元藩士や大庄屋、大年寄らが、姫路城最後の城主を務めた酒井家を顕彰し、酒井家の祖である酒井正親(まさちか)公を御祭神として、1879年(明治12)に創祀(そうし)された神社です。この「姫路神社」は、当初、本町にあった「年行事所」跡に創祀されましたが、国道2号線の敷設に伴い、1927年(昭和2)にこの地に遷座されました。
また、この神社の本殿左手にある「寸翁神社」は、姫路藩の財政再建に功績のあった酒井家の家老・河合道臣(寸翁)を顕彰するため、1957年(昭和32)に創祀されたものです。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P50から
      東三の丸をぶ~らぶら『酒井家の祖を祭る「姫路神社」』を
      紹介させて頂きました。



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2012年1月10日 (火)

私の今年のテーマ「朝を活かす」 & 姫路城の歴史(71)

 明けましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い致します。
今年初めての“おたまはん日和”と言う事で、標題の通り、本日は、新年を迎えるに当たり、掲げました目標・テーマの中から私が掲げる最も重要なテーマをここで書き上げ、今年の決意を固めたいと思います。

私の今年の最重要テーマは、次の通りです。

『朝こそすべて、朝を活かすことから人生は始まる。』

これは、致知出版社から発行されている「安岡正篤一日一言」の7月2日にある言葉です。
原文は次の通りです。

 英仏の古諺(こげん)に曰く「朝こそすべて」と。一日二十四時間、朝があり昼があり夜があるとするのは死んだ機械の一日に過ぎない。活きた時間は朝だけ、換言すれば、本当の朝を持たなければ一日無意義だということだ。朝を活かすことから人生は始まる。

 私にとっての本当の朝とは、次の様な朝を考えています。
まず、5時に起床します。目が覚めた瞬間に、活きて新たな生を得て朝を迎える事ができた事を奇跡と感謝し 「ついてる! ついてる! ついてる! ついてる! ついてる!・・・・・」を笑顔で連呼し、直ぐに立ち上がり、鏡に向かい、「私は5時に感動の起床ができる様になりました。ありがとうございます!」と強い気持ち込めて言います。
 
 そして、直ぐに続いて今会社で取り組んでいるポジィテブ転換の言葉を声に出して鏡を見ながら唱和します。

その、私のポジティブ転換の言葉は次の通りです。

『・私は経営者として、経営幹部を信頼し、相談をし、そして知恵を集め、藤橋家をより
  強い会社として成長させることが出来ます。
 ・私は経営者として、全スタッフにより強い関心と、目と耳と声と態度で、そして思いを
  もって コミュニケーションを持つ事が出来ます。
 ・私は経営者として、まず聞くと言う姿勢を強く持ち、全スタッフの知恵を集めることが
  出来ます。
 ・そして私は経営者として、掲げた目標そこに共通認識と方法論を備え、そして厳しさ
  を持って全スタッフと取り組むことが出来ます。
 ・私は経営者として、藤橋家を皆の知恵が集まり、それが利益となり高収益企業とし
  て成長させる事が出来ます。』
  以上、私はそうなったことに感謝します。(断定である事!)

 この朝起きた時に鏡を見ながら言葉を唱和するのは、中村天風哲人の心身統一法の観念要素の更改法の、目覚め直後の心がけの「わたしは、・・・となりました!」という過去形を使う断定暗示法です。また、寝る前に行うのが「お前は、・・・となる!」と成りたい状態を願い唱和する命令暗示法があります。

 ポジティブ転換の中で何度も繰り返す、幹部や全スタッフの知恵を集めると云う言葉については、今多くの賢者・識者が云われるには、今迄の右肩上がりの成長時代に生きて居るならば、競争をして勝負を決め、勝者敗者を出す方法で仕事をしていても生き残っていけたかもしれないが、また、気合い、根性、我慢の忍耐力という精神力に頼る営業手法で、汗をかき歩き回って靴の底をすり減らすことが一つの美学だった時代もあったかもしれません。その“努力”すると言う事は今の時代も不可欠な大切な事ではありますが、これからは、そんなことをしていては決して成長できる時代ではなく、また生き残っていけないと賢者・識者は言われています。

 工場や店舗運営の上から考えると、一番現場を知り支えているのは実はパート社員さんやアルバイトの社員さんで、雇用の形態や働く時間は色々あるけれども、全社員が全く対等であると全社員が認識し、お互いが尊敬し合い、全社員の知恵を集める事のできる会社にならなければ、会社は成長できないし、そこで働く社員さん達も成長し幸せにはなれないと言うことです。

 競争・生き残りと言う言葉から説明させ頂くと、これからの時代は、お互いが勝負・勝敗を決める為に活きるのではなく、お互いが磨き合い、共に成長していくという考え方を持ち実践し、活きられる環境を創造していかねばならないと言うことだと思います。
 
 安岡正篤先生の教えで言えば 『縁を大切にせよ、単に大切にするだけではなく、それをお互いに育み育てていかなければならない。』と言うことだと思います。

 また、中村天風哲人の次のお言葉『お互いに克己し、お互いに自制し、お互いに相譲り、相敬い、相愛し、相たのしみ、相導き、相助け合うという完全調和の美しい気持ち。』この様な気持ちを全社員が持てる組織を創らねばならないという思いを込めて、毎朝ポジィティブ転換の言葉を念じていこうと思っています。

 朝に行うのは、中村天風哲人の『真理のひびき』のテーマを一つ読み、近くの神社で祈りを捧げ、軽くランニングと筋トレを楽しみ汗をながし、ランニングの帰りがけに家の近所にあるお墓を参り、帰ってシャワーを浴びて『日々新たにして、また日に新たなり』と気持ちを一新して一日をスタートする。そんな朝を持とうと新年の決意にしております。

 本日の当初の予定では、安岡正篤一日一言の7月2日の御言葉を引用させて頂きましたので、私の書庫にかざってある、致知出版社から出ている14冊の一日一言の元旦の言葉を読み直おし、その幾つかを紹介させて頂きながら勉強しようと思っておりましたが、その一日一言の御紹介は次回にさせて頂く事と致します。

本日もお付き合い賜りありがとうございます。

* * * 姫路城の歴史(71) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * * 

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第71回目は、  姫路城の歴史 『 お城の基礎知識「大手口と搦手口」 』をお届けします。

 天守から城外への筋道は、少なくとも2本以上設けるのが常識で、最も重要な表口を
「大手(追手)(おおて)」、次に重要な裏口を「搦手(からめて)」と言います。
 そして大手の道筋にあたる「虎口」は、特に厳重に防備を固めますが、道幅はできる限り広く、城門は大きく格調高く築き、城主の権威を示す必要があります。これに対して「搦手」は、厳重でありさえすればそれで良く、城門はできるだけ小さく、道幅も狭く取って、少人数でも守れるようにするのが肝心で、いざという時、ここから脱出できるように、「搦手門」を小型で狭く目立たないように造ることも少なくありませんでした。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P71 から
    『 お城の基礎知識「大手口と搦手口」 』を紹介させて頂きました。

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2011年12月26日 (月)

研修で学んだ“正しい知識” & 姫路城の歴史(70)

 以前にも紹介しましたとおり、弊社では成長・改革の為の合宿研修を12月9日と10日に渡って行いました。この二日間の研修の後も成長・改革の為の取組みを継続して行っています。
二日間に渡って行った研修は、正しいものの見方・考え方を学ぶ研修でもありました。
 今日のおたまはん日和では、その講義の中で先生が色々な具体的な事例を上げながら御教授された正しいものの味方・考え方、『正しい知識』を振り返り復習し直そうと思います。
 先生が正しい知識として、87項目箇条書き上げたすべて読みながら、何個か抜粋して見ます。
特殊な言葉遣いもあり少し分かりにくい事もありかと思いますが御容赦願います。
宜しければどうぞご質問ください。
 自分の振り返りの為にブログにアップさせて頂きますが、中には、思わず相槌を入れたく
なったり、唸る様な言葉があるかも知れません。出来ればどうぞおつき合いください。


1.先ず、経営理念のない会社は、会社としての存在意義が無いと言う事になる。
  経営理念は、この指とまれ。先ずは社長と幹部が共通認識をもつこと。
  理念の基に人が集まる。幹部作りは、社長が歩み寄ることから始めよ。
2.幹部・管理者は、意識的に育てよ。
  幹部にしてはいけない人の七箇条
  ①二つ心の人   
  ②小さな約束(時間・期日)を守らない人⇒大きな失敗に繋がる。
  ③要領だけの人=そこそこで終わってしまう。とことんやらねば成長できない。
  ④成長を止めた人 ⇒ 部下をつぶす。
  ⑤感情を出す人(感情出したら終わりです。)
  ⑥報告・連絡・相談出来ない人。相談は一人よがりにならない為。
  ⑦部下に関心が無い人。部下の生い立ち、家庭環境、父母等を知らねば教育は
  出来ない。
3.幹部の仕事は、全スタッフの信頼をトップに集めることである。
4.「これは、苦手です。出来ません。ダメです。」というネガティブな言葉は、ただ自分を
   守っているだけで、成長を止めてしまうので、言ってはならない。
5.部下は、上司を支えて結果を出す事で大きく成長する。
6.仕事は、能力の如何の前に、正しいやり方と知識が必要である。
  正しい習慣とは、例えば、メモをとることや、
  一日の仕事は、朝の段取りから始め、そして締め括り時に振り返り反省をする。
  振り返りをしないと積み上がらない。仕事で覚えることは早く覚える。直ぐに覚え
  る!!
7.能力の5ステップ
 ①知っているか⇒正しい知識⇒暗記せよ。
 ②理解できているか⇒確認⇒しゃべらせる。
 ③出来るか⇒技術・トレーニング、練習。
 ④やるか、やらないか⇒真剣な姿勢を持つ。
 ⑤みんなで取り組める⇒組織人となる。上に立つ者の条件である。
8.自ら育つ意識で何事にも取り組み、3年で育っていなければダメ。
  その分利益が出てない事を知れ。
9.数字の苦手は人は、プロになれない。
10.イレギュラー(例外業務)に対応するには、レギュラー(日常業務)を押さえる。
11.「叱る」について、感情を出したら負け。○は○として褒める。×は×として指摘
   する。
   直ぐに褒める。具体的に褒める。「凄い!」は勘違いをするから言ってはダメ。
12.3つ褒めて、2つ叱る。3つの方法論 
 叱るは育てる為に、褒めるのはコミュニケーションの土台である。
 叱るは、「褒める」で始めて「褒める」で終わる。
 ①3つ褒めて、心を開く。
 ②2つ「叱る」⇒2つまで。
 ③メモを取らせる。
 ④確認⇒喋らせる。
 ⑤行動に移らせる。⇒やってごらん。
 ⑥見届ける。
 ⑦褒める。
13.インプット(覚える)後に、アウトプットで身に付く。
   アウトプットを念頭にインプットを行う。
14.会議は、皆の知恵を集める場所⇒準備が必要である。
15.声が大きい人は成長する。
16.数字は3回チェックする。
17.プロは、誰に対しても親切、丁寧である。
18.自分の長所を知っている事で心を定める。そして、他人の長所を見る癖を持つ。
19.営業訪問は、お客様情報を3年分は覚えてから。既存のお客様の歴史を覚える。
   営業の基本は、ロールプレイングから(出口を決めて)
   ~仕事には準備すること~
20.マイペースは、自己中心ということ(自分の尺度だから)
21.人のグチに同調してはダメ! 同調するとグチが確信になる。
   よって、グチは切り返す。「聞いたよ。」・・でも良くなる方向で話そうね・・・・
22.成長とは利益の伴った売上の増加の継続である。  
   社内(組織、商品、サービス)が質的・量的に成長(向上)すること。
23.物事の本質を押さえれば全ての本やセミナー等は、本質の確認としての意味がある。
24.優しさは人へ、厳しさは自分へ。厳しさは自分が相手を諦めないこと。
25.笑顔は与えるもの。“むかついた顔”は、俺に気を使えと求めるもの。
26.オートマ(AUTO)チックの法則で幸せになる。次の言葉を話の中に入れること。
   A=ありがとう。U=嬉しい。T=助かる。O=お陰さま
27.作業は、言われた通りにやる、受身、依存型である。
   仕事は、自ら目的を持ってやる、自立型。
28.魅力は、“与”によって生じ、求めによって滅す。
29.与える事で人が集まる。
30.成功する人は人を集める人である。

 

 以上、先生の御教授された、正しいものの見方・考え方、『正しい知識』を踏み返し、一部を抜粋して見ました。数日間でかなり忘れていることがあると反省しております。
何度も何度も振り返り、読み返し、仕事を行うで活かしていこうと思います。
このブログをお読み頂いた方へ、お付き合い頂きありがとうございます。

 

 

* * * 姫路城の歴史(70) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

 

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第70回目は、  姫路城の歴史 東三の丸をぶ~らぶら『姫路城の「搦手口」』をお届けします。

 「東三の丸」にある姫路城の東の入城口は、1912年(大正元)に初めて姫路城が公開された当時の登城口で、1932年(昭和7)、「菱の門」下に登城口ができるまで、ここが唯一の登城口でした。
ここ「搦手口」は、実は天守への最短コースで、華やかな「大手口」とはまったく異なる静かな佇(たたず)まいが感じられますが、この葛篭(つづら)折れの登り口は急で狭く、天守に攻め入ろうとする敵を容易には寄せ付けません。また「搦手口」の最後を守る「とノー門」は、赤松氏の居城・置塩城の大手門を移築したものと伝えられ、素木造り、羽目板張りの櫓門は、他の門と全く異なる風情を持っています。また、「搦手口」の途中には、天守の最上階に祀られていた「長壁神社」の碑や火薬庫の跡もあります。


以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”のP49 から
               『姫路城の「搦手口」』を紹介させて頂きました。

 

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2011年12月19日 (月)

“実践するドラッカー【チーム編】” & 姫路城の歴史(69)

 前回のこのおたまはん日和で紹介させて頂きました通り、当社では12月9日から成長改革の為の取組を始めました。この成長改革への取組のために何か参考になる本はないかと考えたら、本棚のある本が、直ぐに目に入って来ました。それが本日の題名『実践するドラッカー【チーム編】』
です。この本は、佐藤等氏が書かれていて、以前に『実践するドラッカー』【思考編】と【行動編】について紹介させて頂いた事があります。この二冊では個人の力を高める原理と方法が紹介されていますが、仕事は一人で完遂出来るものではなく、成果を上げる為には、組織やチームの協働が欠かせません。この組織やチームの協働=チームマネージメントを行う為の、マネージャーのための入門書として書かれたのがこの本であると、佐藤氏がこの本の前書で紹介されています。

 今日のおたまはん日和では、この『実践するドラッカー【チーム編】』から特に心に残った
文章を読み返し、自分なりに纏めて見たいと思おいます。

 先ず、マネージャーの身につけていなければならない資質として、ドラッカーは真摯さを上げています。真摯さに掛けていてはマネージャー失格であり、真摯さの欠如について次の様に具体的な例を紹介されています。
①強みよりも弱みに目を向ける者
②何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者
③真摯さよりも頭のよさを重視する者
④部下に脅威を感じる者
⑤自らの仕事に高い基準を設定しない者
⑥実践家ではなく評論家である者

ここに書かれた反対の事を行えば良いと言う事ですが、例えば①の反対であれば、
弱みより強みに目を向けてとは、人の短所ではなく長所を見て、褒めることを実践する。
今一番に私に必要とされている点である事と反省し、真摯さを忘れずに“褒める”を実践して参ります。

 次に組織の役割について、ドラッカーの言葉を紹介されています。
組織づくりの基本は、互いに高め合う環境をつくることが大切でる。
高め合うというのは、言い換えれば“成長”することであり、その成長のために次の断言の様なドラッカーさんの言葉があります。
『人に教えることほど自らの勉強になることはないのと同様、人の自己開発を助けることほど自らの自己啓発に役立つことはない。事実、人の成長に手を貸すことなく自らが成長することはありえない。』

へぇ~、そうなんだと驚いております。

そして、組織とは人を変える。否応なしに変える。成長させもすれば、いじけさせたりもする。
人格を形成させもすれば、破壊したりもする。
だから、
第一に、不得意なことで何かをおこなわせてはならない。
第二に、近視眼的に育ててはならない。身につけさせるべきスキルはなる。だが人を育てるということはそれ以上である。キャリアと人生に関わることである。仕事は人生の目標に合わせなければならない。
第三に、エリート扱いをしてはならない。
この言葉には、凄い重みを感じています。当社の成長改革の取組の中でも、皆に相談して活かしていきたい言葉です。

 次に、企業の目的について、ドラッカーの次の明確な言葉の紹介があります。
『企業の目的は、「顧客の創造」であり、利益は存続の条件であるとします。
 利益は、目的でなく目標でもなく、生きていくための条件なのです。』

自分たちが利益を生んでいると考えるのは傲慢です。顧客からもたらせるものです。
目標は、利益からスタートするのではなく、顧客に提供できる価値は何かから考えるものなのです。というドラッカーの言葉をここに書き記し、自らの肝に銘じたい思います。

 最後にコミュニケーションの原理についてのドラッカーの言葉を紹介させて頂きます。
コミュニケーションの基本は、『聞け、話すな。』であり、その“聞く”において重要なのが、「正しい質問を発する」ことなのです。その為には、「相手のために」ではなく、「相手の立場」で考えることで、コミュニケーションは格段に向上すると言われています。

ここで更に、コミュニケーションの向上のために憶えておきたい言葉を次に紹介ます。

『ソクラテスは、「大工と話すときは、大工の言葉を使え」と説いた。』
『つまり、相手の知っている言葉、イメージできる言葉で話せということです。
 例えば、新人相手に仕事の指示を出すとき、このことを思い出してください。
 経験していないことについて具体的にイメージすることは難しいのです。
 これから発する言葉は、相手が理解する範囲にある言葉なのかを意識してください。』

だから、

『誰かに何かを指示するときは、半分も伝わっていないだろうという前提で、質問を促し、
 報告を求めるなど、フィードバックの仕組みを意識的に取り入れるべきでしょう。』

この教えは、今まさに当社で取組をしている成長改革の先生が指導されている基本的な実践項目であり、日々の仕事の中で、先ず聞く姿勢をしっかりもち、正しい質問し、そして、半分も伝わっていない事を前提にフィードバックを行っていくことが出来るようになるんだと、自らに言い
聞かせております。

佐藤等氏が紹介されているドラッカーの言葉とその解説を抜粋紹介し、勉強し直してみました。
ありがとうございます。

 

* * * 姫路城の歴史(69) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

  

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第69回目は、 姫路城の歴史『 搦手口を守る「東三の丸」』をお届けします。

 姫路城の「東三の丸」には、普段は「下三方蔵(しもさんぼうくら)」と「内船場蔵(うちさんばくら)」と呼ばれる蔵が置かれていますが、いざ戦となると「東三の丸」は、「喜斎門」を打ち破って、搦手口に迫ろうとする敵を食い止める重要な役割を担います。そのため「東三の丸」には、姫路城内で最も高い25.75mの石垣が築かれ、その上には「井郭櫓(いかくやぐら)」や「帯櫓(おびのやぐら)」が築かれています。さらに南には「井戸曲輪(腹切丸)」を設け、「搦手口」に迫る敵に容赦のない攻撃を仕掛けます。また、現在「姫山公園」となっている「勢隠(せがくし)曲輪」に兵を伏せておき、現在の「姫路神社」の南にあった「八頭門」から城兵を出撃させ、敵の横っ腹に攻撃を加えることもできたかもしれません。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”のP48から
        『 搦手口を守る「東三の丸」』 を紹介させて頂きました。

 

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2011年12月12日 (月)

 12月9日と10日の二日間に渡り、全社内の約四分の一の社員が集まり研修を行いました。
近藤先生というド真剣で、情熱的な先生と優秀な2名のスタッフに導かれ素晴らしい研修ができた事を、心から嬉しく有り難く、むちゃくちゃ“ツイてる”と実感しています。

 その研修の最後に先生から小冊子をプレゼントして頂きました。その小冊子が、今日のタイトルとさせて頂いた、五日市剛さんの講演録『ツキを呼ぶ魔法の言葉』です。
この「おたまはん日和」でも数年前に、五日市剛さんと今野華都子さんの対談本『運命を変える言葉』(致知出版)を読んで簡単に読後の感想を書いた記憶があります。
 本日は新ためてこの小冊子を読み、五日市剛さんが述べている素晴らしい言葉を紹介させて頂きます。

 五日市剛さんは昭和39年生まれの現在47歳ですが、彼は学生(27歳)の時に、イスラエルに旅行しました。季節は冬、12月です。中東のイスラエルでも、何十年に一度という寒波の襲うハイファと云う町で、泊る所が見つからず戸惑いさまよっていたクリスマスの夜に、五日市さんは偶然に出会ったお婆さんに助けられ、家に泊めてもらい、色々な話を聞きます。そのお婆さんのとの出会いがその後の五日市さんの人生をツキまくりの人生に変えてしまうのです。

 今日は、五日市さんが紹介しておられるイスラエルのお婆さんのお話を簡単に纏めてご紹介させて頂くことで、この文章を読んで下さる方が、五日市さんの多くの人に伝えようとする思いに共鳴し、その五日市さんの思いをこの世に広げていくお手伝いが出来ればと祈り拙い文章を綴らせて頂きます。


 お婆さんは、人生にはツイてる、ツイてない、という『ツキ』というものがあり、しかも、そのツキというのは、簡単に手に入れられるものであると言われます。

次よりお婆さんの言葉をそのままお伝えします。

*ツキを呼ぶ魔法の言葉

『ツキを呼ぶ込む魔法の言葉があるのよ。これさえ唱えていれば、誰でもツキっ放しになるわよ。誰でもよく使う言葉なんだけど、二つあってね。一つは『ありがとう』、もうひとつは『感謝 します』 ねっ、簡単でしょ。』

『・・・車を運転中、事故しちゃった、そんな時も「ありがとう」。五日市さん、あなたの親が 亡くなっても、歯を食いしばって「ありがとう」と言うのよ。どうしてかというとね。イヤな事が起こるとイヤな事を考えるでしょう。そうするとね、またイヤな事がおこるの。不幸は重なるというけれど、それは、間違いなくこの世の法則なのよ。だけど、そこで「ありがとう」
 と云うとね、その不幸の鎖が断ち切れちゃうのよ。それだけでなく、逆に良い事が起っちゃうの。「災い転じて福となす」という言葉があるでしょう。どんな不幸と思われる現象も、幸せ と感じる状況に変えてくれる。絶対にね。
 だから、「ありがとう」という言葉はね、魔法の言葉なのよ・・・。』


*言ってはいけない言葉

『言ってはいけない言葉があるのよ。言っちゃうと、ツキが吹っ飛んじゃうの。』

『まずはね、汚い言葉。「てめ~」とか「死んじまえ」とか、「バカヤロー」「クソトッタレ―」
 とかね。そういう汚い言葉を平気で使う人というのはね、そういう人生を歩むのよ。
 だからきれいな言葉を使いなさい。』

『それからね、絶対に人の悪口を言っちゃだめよ、絶対ダメ。あなたが自分の部屋にポツンと一人でいる時でさえも、人の悪口を言っちゃダメ。それに、人を怒ってもツキは逃げちゃうわ。怒れば怒るほど、あなたがせっかく積み重ねたツキがどんどんなくなっていくのよ。だから、ネガティブな言葉はつかっちゃダメ。分かった? どんなことばにもね、魂があるの。
 本当よ。だから、ねっ。きれいな言葉だけを使いましょ。』

 また、五日市さんは、松下幸之助氏の話を紹介しながら、人生の運を良くするには、どんな事があっても、一般的にはどうしようもない辛いこと、苦しい事があっても、その事を、自分は運が良い、自分はツイているんだという強い気持ちで受け止め、絶えず、「ツイている、ツイている。」
と事ある毎に、そして、習慣にして「ツイてる、ツイている。」と言い続ける事の大切さをお話しされています。

 そして、五日市氏は、この冊子のあとがきの中で、人生の真髄とも言える次のお婆さんの言葉を紹介されています。

『心の持ち方って大事よ。だけど、もっと大事なのはね、言葉の使い方なの。
 どんなことを口に出すかであなたの目の前の状況が変わってくるし、あなたの心も変わってくる の。本当よ。』

 今ご紹介させて頂いた五日市さんが紹介されているお婆さんの言葉を、一時も忘れない戒めとして実践して参ります。

 頂いた小冊子には、五日市さんの実体験など、沢山の感動的なお話しが書かれています。
その中で五日市さんが高専の学生時代に家庭教師をした、どうしようもないと思われていた非行少女が、どの様な事で非行に走り、阻害され、そして、五日市さんとの出会いから、驚く成長を遂げるかという話を読み、以前にも読んだ話ではあるのですが、今回も号泣してしまいました。

 この冊子を買い求め全社員に配り、五日市さんの伝えようとする志を私も受け継ぎ、広げていくスタートとしたいと思います。

この小冊子は次の会社が発行されています。

株式会社 とやの健康ヴィレッジ
新潟県新潟市中央区鳥屋野2-13-32ウェルズ21B-2
電話025-281-8282
URL http://toyano.jp

五日市さんは、次の言葉をいつも心の中で、そして、声に出して唱和されているそうです。

『ありがとう。感謝します。ツイてる。』
『ありがとう。感謝します。ツイてる。』
『ありがとう。感謝します。ツイてる。』
『ありがとう。感謝します。ツイてる。』
『ありがとう。感謝します。ツイてる。』

私は、数年前に、五日市さんの本を読んだ時から、毎日、何度も、何度も、この
『ありがとう。感謝します。ツイてる。』の言葉を唱和し続けてきました。
何時の間にか、ツイてる、ツイてるを感謝して実感する日々を送れるようになりました。

 そして、今日からもっともっと強い思いを込めて、『ありがとう。感謝します。ツイてる。』
の言葉を信念して唱えていくことと致します。大いなる感謝の気持ちを込めて。


* * * 姫路城の歴史(68) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第68回目は、 姫路城の歴史 
       東三の丸をぶ~らぶら『搦手へ向かう「堀切の小径」』をお届けします。

 「下山里曲輪」の東には、姫路城の「東三の丸」に抜ける小径(こみち)があります。
この小径は1933年(昭和8)、姫路城の「三の丸広場」が公園に編入された後に付けられた小径で、それまで「三の丸」と「東三の丸」を繋ぐ道はなく、姫路城の大手側と搦手側は、「三の丸」に深く切り込まれた濠によって完全に分断されていました。これは姫路城の「大手口」に攻め寄せる敵と「搦手側」に攻め寄せる敵を完全に分断するための工夫で、こうした堀を「堀切」といいます。そして高い石垣の上に設けられた「帯郭櫓(おびくるわやぐら)」から「堀切」を越えようとする敵に対して、容赦のない攻撃が加えられます。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P48 から
   東三の丸をぶ~らぶら『搦手へ向かう「堀切の小径」』
                                を紹介させて頂きました。

    藤橋家homepage         http://www.fujihashiya.com/
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    放映番組~いま、輝いてます~のYou Tubeです。
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2011年12月 5日 (月)

“日本を復興しなければと強く思ったその時” & 姫路城の歴史(67)

 先週東京に出張する機会を得たので、そのチャンスを利用して、今年中にどうしても訪問し、この目で見ておかねばならないと思っていた、東日本大震災の被災地へ初めて行ってきました。

 訪問したのは福島県です。特定の市町村の名を上げるのは控えさせて頂きますが、海岸線へはまだ二三キロはあると思われる地点から一般車の通行は制限され、その通行制限札の立っている道沿いの田圃に、軽四の自動車が頭を少し土中に突っこんだまま放置されていました。
 
 少しずつ海岸線に近づくにつれ、うず高く積まれた瓦礫の山が延々と連なっているのが見えてきました。そこで一生懸命作業をする人達の姿や重機の稼働しているのも次第に見えて来ます。
瓦礫は種類別に、整然過ぎると行っても過言ではないと思えるほどに区分けを行っている現場を見て、この震災で海外から驚かれた日本人の真面目さ、直向きさというものを強く感じました。
 この膨大な瓦礫の区分けや、膨大な瓦礫を片付けると言う事からも、日本人は何かを学び、研究し、新たな何かを創り出していくのではないかと感じさせてくれるものがそこにはありました。

 もっと奥に進み、何も残っていない小さな海岸線の道を通り抜け、小さな岬の峠を越えようとその頂上に登ったその瞬間に、目に飛び込んできたのは、何キロにも渡って完全に全てを破壊尽くされたと思われる街の廃墟でした。廃墟と言う言葉は使いたくありませんが、今迄テレビや雑誌で見て感じていたものとは、全く別なる凄まじい現実でした。
 まだ片付けの作業は続いていましたが、破壊された建物の壁や建材物などはすっかり片付けられて殆ど何もないのです。
その殆ど何もなくなってしまったという現実を強烈に感じさせる光景です。
その海岸線に残っているのは、多分漁業施設だったであろう2階建の建物と黄色く光る3階建の建物の鉄筋コンクリートの津波でえぐり取られた残骸ともいえる建物の枠だけでした。

 峠の高台をおりて海岸沿いのかつては沢山の方が生活をされていた街のあった地域に入って行くと、細い道がくねくねと張り巡らされています。
またその道々の周りには建物が沢山、みっちりと建っていたことを示すコンクリートの土台が
津波に削り取られながらも残っていました。

 夕暮の時間で少しずつ日が落ち、夜の帳のおりる寂しいその光景は、心から何かをえぐり取る様な大きな衝撃を与えたのかもしれません。
 日頃夢を見ない私がその二日後の真夜中に夢を見ました。自分の帰る家が何処にあるのかわからないのです。何処に住んでいるのかも思いだせないのです。所謂、自分が記憶喪失の状態になっている、そんな夢でした。

 東日本大震災で甚大な被害については、頭で理解していたつもりでした。
しかし、日本は、特に東北地方は甚大な被害を受て、まだ何も復興と言える状況ではないという現実をまざまざと見せつけられたのです。これから本格的に我が国日本の復興をしていかなければならないのだという現実を思い知らされました。

 出来ない理由を言うのではなく、出来ることを見つけて、今出来ることを行う。
先ず行えるのは、神が与えし我が仕事を一生懸命行う事。その仕事に価値を見いだし、その価値を高め、世の為に人の為に尽くそうと努力すること。その努力が我が国の復興になるんだと信じて。
 そして、日本の復興の為には、世界の各地から多くの支援や応援、そして祈りが届いているという事を感謝の気持ちで忘れずに、我ら日本人がもっと強い意念で、心を一つにして復興を祈り、大和魂とも言える力を発揮し続けなければならないということなのだと思います。

 かけがえのない誰にも変えることのできない命を与えていただている私たちみんなが、先ずは、わが身の範囲のなかで最善を尽くして生きて活かねばならないのだと強く強く思います。

 被災地を訪問させて頂く機会を得て、感じたことを綴らせて頂きました。
最後までお読み頂きありがとうございます。

 


* * * 姫路城の歴史(67) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

 

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第67回目は、  姫路城の歴史『お城の基礎知識「石垣の積み方」』をお届けします。

 

 城の石垣の積み方は、その石の加工の仕方によって「野面積(のづらづみ)」、「打込接(うちこみはぎ)」「切込接(きりこみはぎ)」の3つに分類され、姫路城では、そのほとんどが「野面積」と「打込接」の石垣です。
 「野面積」の石垣は、自然の石をそのまま積み上げるため、積み石同士の間がひどく空いており、丸みのある石が多いのが特徴です。こうした「野面積」の石垣は、「二の丸」や「下山里曲輪」などに多く見られ、そのほとんどが秀吉時代もしくはそれ以前のものと考えられています。
 姫路城で最も多く見られるのは、「打込接」の石垣です。「打込接」とは積み石の合端(あいば)(接合部)を加工し、石同士の隙間を少なくして積み上げられ、加工された石が角ばっているのが特徴で、姫路城の天守台の石垣がその代表格です。
 そして、積み石を徹底的に加工し、石同士の間に全く隙間がないように積み上げたのが「切込接」で、この積み方は1600年(慶長5)頃に誕生し、1615年(元和元)頃から多用されるようになりますが、姫路城では「二の丸」の「をノ門」跡と「武蔵野御殿」跡の2ケ所でしか見られません。
 姫路城内では、これらの形式の異なる石垣が別個に存在するのではなく、一つの曲輪の中に連続して存在しており、その構成から見て、姫路城の「二の丸」以内における縄張りのほとんどは秀吉時代に築かれたもので、池田輝政は天守付近と三国堀周辺の一部を改修した以外は、秀吉の縄張りをそのまま利用しているということがわかります。但し姫路城内には昭和に入ってから積み直された石垣もあるので注意が必要です。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P47 から
             『お城の基礎知識「石垣の積み方」』を紹介させて頂きました。

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2011年11月28日 (月)

"奇跡を呼ぶ100万回の祈り" & 姫路城の歴史(66)

 本日は、私の大好きな遺伝子工学の世界の第一人者である筑波大学の村上和雄名誉教授の著書『奇跡を呼ぶ100万回の祈り』を取り上げてみようと思います。

 

 この著書は、3月11日の東日本大震災の約1ヶ月後の四月から書きはじめられて7月6日に出版されています。書かれた時期や本の題名からも伝わってくるかと思いますが、未曾有の大震災、大津波、原発事故の同時発生という世界の歴史の中でも稀な大惨事に見舞われた東北地方を始め祖国 日本が、絶対に甦る為には、みんなの『祈り』がその復興へのエネルギーになるのだと言う強い思いで書かれています。

 また『pray for Japan』-日本のために祈ろう-という、世代も国境も宗教も越えて届けられた『祈り』の言葉や、ひとつの国のため『祈りのリレー』が行われたことは、これまでの歴史の中でなかったことであり、其の事が、「今こそ頑張らなくては」「何か自分にやれることを始めなければ」「もう一度、我々本来の姿に立ち返らなければ」と日本人の心のスイッチを“ON”にして、多くの日本人の魂を奮い起こしたのだと冒頭で上げられています。

 この著書を読み、感銘を受けた文章を少しだけでも紹介させて頂きます。

 村上教授の糖尿病の患者への笑いの実験で、ベテラン漫才師の笑いが糖尿病患者へ大きな良い影響を与え血糖値の値に大きな改善を見せたことは、これまでに何度か紹介させて頂きました。
これは、心のあり方や祈りなどの気持ちや思いが、遺伝子のON/OFFの働きに大いな影響を与えているという事実を証明してくれています。

 最近のアメリカの医学・医療の分野では、西洋医学に基づく医療がなんと50%を切ろうとしており、東洋医学をはじめ、薬草(ハーブ)、漢方、鍼灸、瞑想、音楽、信仰などを取り入れ実践されていると言うのです。
 東海岸の医者も患者も知らないところで、西海岸から祈った時、大きな効果が出たと言う実験の話もまた紹介されています。

このことについて
「理由は分らない。しかし、実際に効果があるのは、それは、人知の及ばない力による作用なのではないか。何よりも効果があるのだから、理由を解明できなくとも、祈ることの大切さに変わりはないのではないか」と、村上教授は言われています。

そして、村上教授は、祈りには「アホである」ことがとても大きな作用として働くと言われます。
私は、この著書の中で、「アホである」と言う事についての村上教授の言葉に特に感銘を受け強く心に刻み込んでおこうと思っています。次の言葉です。

「アホになる」とは、自分の目に見えないものを信じ切るとう意味でもあり何も根拠がない、論拠がなくても「自分はできる」ととにかく信じること。そうすると、不思議と道というものは開けてくるものです。

一人が一日十回を三年続ければ、一万回の祈りになります。それを百人でやれば、百万回の祈りになりとてつもない大きな力になると信じます。

 弊社には、経営理念があります。この経営理念を、全社員が強い祈りとして、毎日10回祈り続ければ、経営理念の実現が急速に早まることは疑い様がありません。
会社の経営の大切な事として、理念を全社・全社員に浸透させ心を一つにすることであり、それがまた、私の大使命であると思っています。
ここで、弊社の経営理念を紹介させて頂きます。

 

『藤橋家経営理念』

笑顔と喜びと活気溢れ
優れたる多くの人々が集い
真に社会に貢献し
食の源である畜産農林漁業を支え発展させる
日本一の創造力みなぎる企業となる

経営理念を強い思い以上の祈りとして、毎日祈り続け、笑顔と喜びと活気に溢れる会社を、そして、社会をつくりために毎日を積み重ねていきたいと存じます。

そして、日本を復興させて、混迷するこの世界を導ける素晴らしい国になるんだと、強く祈ります。

 

 

* * * 姫路城の歴史(66) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

 

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第66回目は、  姫路城の歴史 『 官兵衛時代の香りのする「下山里曲輪」』 をお届けします。

 姫路城の入城口の東になる高台は「下山里曲輪(しもやまさとくるわ)」といい、江戸時代は周囲に土塁が築かれ、曲輪の東方に城門が置かれていました。ここ「下山里曲輪」の石垣は、姫路城内で最も古い時代の石垣で、秀吉時代もしくはそれ以前に築かれたものではないかと言われています。
 また「山里曲輪」とは通常、戦闘を全く考慮せず、茶室や庭園等を設けた曲輪のことを言い、秀吉の築いた大阪城にも設けられています。しかし「下山里曲輪」に、こうした茶室などの跡は見当たらず、秀吉時代の曲輪の名前のみ踏襲した可能性があり、秀吉時代の姫路城の縄張りを知るための貴重な資料と言えます。また「下山里曲輪」の北方にある祠(ほこら)には、昭和の大修理の際、姫路城内で見つかった五輪塔や宝ぎょう印塔などを集め、お祀りしています。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P46 から
        『 官兵衛時代の香りのする「下山里曲輪」』
                       を紹介させて頂きました。

 

        藤橋家homepage             http://www.fujihashiya.com/
        たまごや通心(こだわりの通販)http://www.tamagoya.org/
        姫路ケーブルテレビ WINK
    “たまごや”放映番組~いま、輝いてます~のYou Tubeです。
                        http://www.youtube.com/watch?v=GJ15H13ZaRw

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2011年11月21日 (月)

第1回神戸マラソン「感謝と感情」 & 姫路城の歴史(65)

 平成23年11月20日(日)に開催された、「感謝と友情」をテーマに掲げた大1回神戸マラソン大会に参加し、一度も歩くこと無く、何とか3時間台で完走して参りました。
 本日は、さわやかな透きとおるような青空の秋晴れのなか、神戸マラソンに参加し気持ち良い汗をかきながらが感じたことなどを簡単にお伝え致します。

 

 この神戸マラソン大会のテーマが「感謝と友情」を掲げているのは、1995年の阪神・淡路大震災での復興支援に対する感謝とともに、東日本大震災の被災地支援の思いが込められているのです。
新聞によると全国から参加した2万2,958人(申込2万9千)が、平成23年11月20日(日)午前九時の号砲の合図とともに神戸市役所前のフラワーロードからスタートしました。

 

 フルマラソンのコースは、市役所から神戸の港町を抜け、折り返し地点の明石海峡大橋を目指します。特に阪神淡路大震災で大きな被害を受けた、鉄人28号モニュメントのある長田区から、鷹取駅前、そして須磨海浜公園(須磨区)の沿道にはこれまでに経験した事のない沢山の人が、大きな声と身振りで一生懸命に応援してくれました。その姿に、嬉しく有り難く心から感動しました。特に震災と火災で大きな被害を受けた地域を紹介しましたが、この神戸マラソンは、全コースの沿道に市民をはじめ、ボランティアとして参加されている方など、驚くほどの沢山の人達がおられ、一生懸命に応援をして下さいました。新聞報道の見出しには、「沿道の52万人が声援」とあります。

 

 私は練習不足で25kmを過ぎたあたりから足がかなり重たくなりましたが、応援して下さる皆様のお陰で、1㎞事に表示をされている距離の表示が信じられない位の早さで通過していくました。
この様な感覚は、これまで経験したことがありません。
 復路は、須磨海浜公園のあたりから海岸線に右折し、長田区の駒ヶ林から、ホームスタジアム神戸の前を通り、地下鉄海岸線を抜け神戸ハーバーランドなどを通り、ポートアイランドの市民広場前でゴールしました。
足の痛さより、沿道の応援・歓声が記憶に強く焼つき、正直周りの景色はあまり憶えていません。

 

 開会式のセレモニーには、神戸の震災で大きな被害を受けた本庄中学と長田高校、そして、この度の東日本大震災で被害を受けた仙台市立八軒中学の生徒さん達が、ブラスバンドの演奏や合唱で元気に清らかにマラソン大会を盛り上げてくれたことも書きとめとおきたいことです。

 

 大会開催と運営にご尽力された多くの方々に感謝し、そして、大きな感動を頂き、練習不足を反省し、この気持を今日と言う限りない尊い一日に活かしていきたいと強く感じております。

 来年も必ず参加したい!!そんな素晴らしい 第1回神戸マラソン大会について簡単に報告させて頂きます。ありがとうございます。

 


* * * 姫路城の歴史(65) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。
第65回目は、姫路城の歴史 入城口付近をぶ~らぶら
        『入城口唯一の「穴太積の石垣」』をお届けします。

 姫路城の石垣には、姫路近辺で切り出された比較的柔らかい凝灰岩(ぎょうかいがん)が使われているため、他の城の石垣の石と比べると、かなり小さく、少々見劣りがする気がします。
 しかし、入城口の東にある南向きの石垣には、重さが数十tもあろうかという巨石がいくつも積み込まれています。この石垣は池田時代の石垣と異なり、自然石を積み上げて築かれていることから、秀吉の時代に築かれたものだと考えられており、織田信長が築いた安土城と同じ、穴太衆(あのうしゅう)と呼ばれる石工(いしく)たちが築いた「穴太積(あのうづみ)」の石垣だと考えられています。

 

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P46 から
             入城口付近をぶ~らぶら
        『入城口唯一の「穴太積の石垣」』を紹介させて頂きました。

 


        藤橋家homepage             http://www.fujihashiya.com/
        たまごや通心(こだわりの通販)http://www.tamagoya.org/
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    放映番組~いま、輝いてます~のYou Tubeです。
                       http://www.youtube.com/watch?v=GJ15H13ZaRw

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