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2006年12月25日 (月)

メリークリスマス

今日はクリスマス。今朝5時過ぎにランニングをしながらふと感じたことを・・・

先日居酒屋でお酒を飲んでいる時、その居酒屋の奥様に
「 メリークリスマス 」と挨拶をした。
「 そんな事 何十年も聞いていない。 」と 素直に喜んでいただき
ささやかに乾杯をした。
お互いにキリスト教的な気持ちは無いのだけれども、
一年の感謝とお互いの健康、そして、良い新年を迎えたいという
気持ちを込めて。 「メリークリスマス。」
恋人同士なら愛を込めてた挨拶になるのかもしれない。
みんなが色々な気持ちを込めてメリークリスマスと挨拶をする。

日本には他国の文化や宗教など何でも柔軟に受け入れる広い心がある。
柔軟な風土と気候がある。そんな事を感じながら朝気持ちよく走っていると
先程迄聞こえていた、家路を急ぐサンタクロースのソリの鈴の音は
何時の間にか聞こえなくなっていた。
サンタさんは財布を空っぽにしながらも、楽しそうに笑顔でソリに揺られて
いた事を願う。

地球の 世界の皆様に メリークリスマス。
Merry Merry Christmas!

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2006年12月19日 (火)

嬉しい来訪と再会

10月15日の四万十ウルトラ100kmマラソンに参加した時
何かとお世話になり、色々な事を教えて頂いたNさんご夫妻の事を
以前ブログで紹介させて頂きました。
そのNさんが17日にお一人で単身赴任先の大阪からわざわざ、たつの市の
弊社迄遊びに来てくださいました。
新宮駅にお迎えに上がると奥さんからあずかったと言うご自宅のある木曽川沿いの名物 
「守口漬け」を背負って、以前と変わらず笑顔で颯爽と新宮駅前に立っておられました。

前回のブログではウルトラマラソンの10回目の完走と紹介させて頂きましたが、私の誤解。
42歳からマラソンを始めて、今年でなんとフルマラソンは164回完走
そして、ウルトラ100㎞マラソンは30回以上完走されているとのこと。
完走の目標は、フルマラソン200回、ウルトラマラソンは50回?だそうです。
今回もマラソンの事をはじめ色々な事を教えていただきました。
その話の中にいつも登場するのが “かみさん” です。
御夫婦仲良く、支えあっているからこそ、ここまでマラソンを続けられるのだと
またまた感心するばかり。

全国のマラソン大会は、沢山の方に支えられているからこそ走れるのだと。
そして、たまたまお目にかかった方がわざわざ遠方よりお越しいただくという喜び。
マラソンには、走るだけではなく楽しい出会いもあるんですね。
みなさんも マラソン大会に参加してみませんか??

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2006年12月 5日 (火)

涙をながす

最近、いじめによる自殺や親の虐待による子供達の不幸が大きな社会問題に
なっています。虐待を受けた子供の多くは、親からの虐待が感染し大人に
なった時に子供を虐待する様になるそうです。
毎日ラジオやテレビのニュースで自殺や虐待の事を度々取り上げられている時に
致知出版の小さな人生論の一文を思い出しました。ここで紹介させていただきます。
その中の「そうか辛かったなあ」の一言が子供の行き場の無い苦しい心を癒し
解き放した。この一言が言えるには沢山の苦しみ・悲しみを経験した荒崎良徳さん
であれば出来たのだろうか。
私も人の悲しみや苦しみを理解できる人間になれるだろうか。
この子供を「・・・がんばってみる。」と言える位な大きな人間になれるだろうか。
なりたい。そうなりたい。
月刊『致知』創刊25周年記念出版
藤尾秀昭著  小さな人生論 第6章 小さな人生論の『涙をながす』
荒崎良徳さん(雲竜寺住職)には登校拒否の体験がある。小学校5年生だった。
毎朝、家を出る。だが、足は学校に向かない。人目がある表通りを避け、裏道から
裏道へと野良猫のようにさまよい歩いた。
 その時の侘しさ、寂しさ、情けなさは、いまも思い出しても胸が締めつけれるという。
養護施設・林鐘園の園長を務めたとき、登校拒否の子を預かることになった。
荒崎さんはその子と二人だけで話しをした。
「学校に行かないで、どこにいたんだ?」
子供はポツリと答えた。
「町外れの土管の中にいた」
途端に荒崎さんの胸に、学校に行けなかった日々の侘しさ、寂しさがせつなく
突き上げてきた。
荒崎さんは思わず言った。
「そうか。辛かったなあ」
子どもは一瞬、驚いたように荒崎さんの目を見た。と、にわかに荒崎さんの手をつかみ、
大声で泣き出した。堰を切ったような、張り裂けるような泣き声だった。
 とめどなく泣きじゃくった後で、子どもは言った。
「おれ、林鐘園でがんばってみる」
人にはだれにもでも泣きたくなるような思い出や体験が必ずあるのではないか。
泣きたい思いに溢れているのが人生というものかもしれない。
生理学的に言うと、涙があるから眼球は潤い、物を見る事ができるものだという。
人生もまた涙することで方向を見定め、その長い旅路を歩んでいくことができるのだろう。
「常に悲感を抱きて心ついに醒悟す」-釈迦の言葉である。常に深い悲しみを胸の奥に
秘め、その悲しみを大切にして歩み続けるとき、人はついに悟りに目覚める、という意味である。
涙を流すことは人生を深める道でもある、ということを、この言葉は教えてくれている。
月刊『致知』創刊25周年記念出版
藤尾秀昭著  小さな人生論 
『致知』を是非 ご覧ください。
朝礼・スピーチで役立つ名言集 というメルマガもあります。
http://www.chichi.co.jp/   発行 (株)致知出版社

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