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2007年6月26日 (火)

伊勢は町自体が神宮

24日の日曜日の夜から仕事の関係で伊勢市に行って来ました。
朝5時に目覚め、雨上がりの伊勢の町をランニングしてきました。

地理的な感覚は無いものの、道路標識の「 内宮 」(ないくう)の案内を助けに、
内宮の入口に掛かる宇治橋を目指しました。
ホテルから内宮を流れる五十鈴川の鳥居まで約5㎞。
その間、道の両脇には、灯篭がつづき、突然大きな鳥居が出現したり、
神宮徴古館、神宮美術館、神宮の農業館の厳かな建物群や、
皇大神宮別館 月読宮、猿田彦神社などなどの神社、
その美しい町並みに 町自体が神宮だと感じました。
そして、走りながら出会う方々は、みなさん実に丁寧に
ご挨拶をされるのことにとても感心し嬉しくなりました。

知っているようで、正確には理解していない伊勢神宮について
持って帰ってきた案内から文章を少し抜粋し自分なりに勉強しようと思います。

皇大神宮(内宮)は、大御親神とあがめる皇祖天照大御神をまつり、
約二千年前の第十一代垂仁天皇の時に現在の地に落ち着いたとの事。

豊受(とようけ)大神宮(外宮)は、豊受大御神をまつり、第二十一代雄略天皇(西暦5世紀)の時に天照大御神の御神慮によって、丹波の国から、現在の地に落ち着いたとの事。

そして、式年遷宮という二十年に一度の大行事について、案内の文章をそのまま紹介すると、宮処(御敷地)を改め、古例のままに御社殿や神宝をはじめ、一切を一新して
大御神の神殿へのお遷(うつ)り(遷御)を仰ぐ式年遷宮。
・・・持統天皇の御代に初めて執り行われ(690年)、以来、61回、千三百年という、
世界でも例を見ない、かけがえのない歴史と伝統を有しています。 ・・・とあります。

平成17年から次の神宮式年遷宮まで、8年にわたり三十に及ぶ祭典・行事が行われ、平成25年にクライマックスの「遷御」の儀を迎えます。

この式年遷宮には総額約650億円という莫大な費用が掛かるそうです。
日本の木造建築の高い技術もこの大きな行事により伝承されてきたのかなと思います。

今日は、伊勢神宮について自分の勉強の為に簡単に纏めました。
最後までお読み頂きありがとうございます。

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2007年6月20日 (水)

先日、姫路商工会議所で元横綱旭富士関 現安治川(アジガワ)親方に
『相撲から学ぶ人材育成と絆』と云うテーマで講演をして頂き、
また、安治川部屋の関取 安美錦関 の髪山とこあみの大銀杏実演 
そして、安荘富士関の相撲甚句の披露があった。
 
相撲部屋に入るという事は、プロの競技者として勝ち抜いて行くという事が先ず第一前提である。しかし、入門して関取と呼ばれるようになるのは100人か200人に1人だけと云うのが現実である。そして、各部屋から関取が出るのは5年に1人出れば良いとされている。その中で、安治川部屋では、来場所の番付で関脇の安馬関、小結の安美錦関、そして、十両の安荘富士関の3人がおり、この数年の間に4人の関取を輩出して、しかも現在部屋にいる3人が大いに活躍していることは、相撲ファンであれば周知の
まれにみる快挙である。

安治川親方の 『 相撲から学ぶ人材育成と絆 』 講演内容は、
安治川部屋は、何しろ厳しく、稽古、稽古の毎日。
力士達がいくら頑張っても、親方は、100回怒って、褒めるのは1回も無い位だそうだ。
その1回が大きな心の支えになり大きな目標に進んでいくという。(これは、関取の実話)
そして、成長するためには 1枚の紙があれば良いと親方は言う。その紙の表に 先ず自分の目標を書く。  例えば 横綱 ○○○になる。
そして、その紙の裏に その目標達成の為に何をするかを書く。
例えば、毎日腕立て1000回、鉄砲1000回などなど・・・。
そして、毎日寝る前にも、練習中にも、その紙を見て、声に上げて読み、実践していく。
これは、私達の仕事・ビジネスの世界だけでなく、人間成長の為に大いに勉強になる。
一般的に入門してから数年は、給料もろくに無い丁稚奉公の世界。
掃除・洗濯・料理にチャンコ番、片付け、先輩力士の世話などなど休んでいる暇など無い。上下関係も厳しく、良い生活をしたければ強くなり、勝つことだけが唯一の道である。
そんな厳しい生活でありながら、以前訪問した安治川部屋(総勢25名)の雰囲気は、
多少の緊張感はあるものの、力士の皆さん達は礼儀正しく、とても明るく、
しかも、和気あいあいで仲が良い事に驚いた。親方も関取衆を休ます時はしっかり休ませたり、たまには、皆なで旅行もするそうだ。

そんな明るい、家族の様な部屋だから沢山の関取が輩出するのだと思う。
 昨夜の講演会の後の懇親会には安治川親方を始め皆様にご参加いただいた。
関取衆たちは、やはり親方と一緒にいると非常に緊張している様子。
先に親方が宿に先にかえらると、とてもリラックスされたが、
関取達の話の節々に親方に寄せる絶大なる信頼と強い『絆』が感じ取れた。

結論として、短い時間では、大相撲 安治川部屋の人材育成の秘訣なるものは解からなかったが、しっかりと認識したのは、安治川親方の強さと優しさ。力士に対する強い思いと愛情。

そして、力士達の親方に対する強い信頼。 これを真の 『 絆 』 と感じた。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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2007年6月11日 (月)

夏が来た

今日は、先週 6月8日の朝のランニングの時に出会った
夏の風物詩について話を気ままに書きたいと思います。

5時過ぎにランニングの為、玄関を開けると、むっとするほど蒸し暑い。
家を出て、そしていつものコース揖保川沿いに差し掛かると
河口は満潮だ。 ふと、今日は “あいつ” に会えると予感がする。
揖保川を渡る橋を走りながら河口をみるとやっぱりいた。来ていた。
たった1匹だけだが、大きな“えい”が遊泳している。
その姿は悠然としいる。 
6~7の小魚が腹の下にくっつく様に
泳いでいるのもが見えたのは初めての経験だ。
私にとって毎年、河口に上がってくるエイの姿を見ると『夏が来た』と感じる。
これから毎朝 秋深まるまで エイ達 と早朝に会えると思うとウキウキしてくる。

 朝ランニングする事は、健康の為だけでなく色々な出会いや楽しみがあります。
今の季節の花で夏を感じるのが、あの燃える様な濃い橙色のざくろの花です。
そろそろ満開の時期になります。
その他、季節関連で楽しい事は、ゆすり(山桜桃 or 梅桃)の実や、グミの実、
そして、桑の実もなどなど、今が食べごろです。
あの爽やかな酸味と甘さがわたしは好きです。

勝手なことばかり書きましたが、最後迄お読み頂きありがとうございます。

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2007年6月 5日 (火)

『痛いが楽しい』のしまなみ海道100kmウルトラマラソン

6月2日(土)に開催された“しまなみ海道100kmウルトラ遠足(とおあし)”
を走ってきました。 

コースは、福山城を出発して、尾道を通り、
向島、因島、生口島、大三島、伯方島、大島の島々を巡り
愛媛県の今治市までを走り抜けるコースです。

今回の大会は、天候にも恵まれ、しまなみ海道の島々の美しい景色、
大橋から観る眺望の素晴らしさ、さながら極楽浄土を走っている気分になれました。

このウルトラマラソンに参加したのは、
昨年10月に高知県で開催された四万十川ウルトラマラソンで知り合った 
Nさん66歳(ご夫妻)からお誘いを受けたからです。
申し込み用紙を郵送頂き、その中に自分も参加するので
一緒にどうぞ、というメッセージが添えられていました・・・・

この大会では、色々な方々とお話ができました。
今回の大会でも特に驚いた事は、失礼ながら “お年寄り”がますます元気な事です。

この大会の参加最高年齢は、なんと82歳。 多分完走された様です。

当日お話を伺った “超人” 達を ちょっとだけ、簡単に紹介させて頂きます。

朝5時のスタート前にNさんから紹介されたのは78歳のMさん。
Mさんがマラソンを始められたのが60歳。
今日に至るまでには、足の大怪我をしたり、
はたまた、大きな手術をするなどして相当なブランクはあるものの、
現在毎月300km以上のトレーニングを欠かさず、
今は拾った命と、明るく、豪快、元気に、若々しく
生きるそのお姿に、私も 嬉しくなり、何か力を頂いた感じです。
どう見ても60歳過ぎにしか見えませんでした。
もちろん完走され、翌朝帰りのバスでご一緒出来ました。

Mさん曰く、「60歳からは、一年ずつ若くなるので今は42歳。私は、0歳になるまで走るンダ!0歳で走ったら幽霊が走る事になるので120歳になったらさよならだ。」 ・・・ だそうです。

また、ランニング中にお話を聞けたのが 67歳のKさん。
100km以上の大会に参加するのは、100回を超えているというまさに“ウルトラ中毒”!!以前 270kmマラソン大会にも10年連続で出場され完走されたとの事。
270kmを不眠で約40時間かけて走っていると、時に幻覚、幻聴に出会えるとか!?

急に 人の声が聞こえたり、猪や獣が出て来たりするそうです。
はじめは驚いたが、2回目からは 「ああっ、また来た」てな感じの様です。

色々な超人たちの話を伺っていると何のために走るのか?
と単純な疑問がわいて来ました。

結局は、痛い、しんどいと言いながらや、思いながら、完走した時の喜びの為なのでしょうが、今迄は、走っていて体が痛くて、苦しい時に、マラソンを人生にたとえてみたり、
色々な理屈をこねてみたりしましたが、結局は楽しむ為に走っているんだと思います。

だから、今回は走りながら、『痛いが楽しい、絶好調!!』と心の中で叫びながら走りました。
やっぱり私の好きな言葉は、“Welcome to Trouble” かな?なんて思いながら。

朝、スタートしてから約1時間たった6時過ぎ 尾道の手前で 知り合いの
たまご屋さんのトラックが走っていきました。
あっ!! みんな働いているんだ! と思うと目頭が熱くなりかけましたが、
前日見たテレビで、人気の占い師が 「まだここは泣くところではない。」
と言っていた言葉を何故か思い出し、 ただ、合掌。

私の自己タイムは12時間30分53秒でした。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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