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2009年11月30日 (月)

世界文化遺産姫路城を支え盛り上げる人達

“姫路城”といえば、姫路市民にとって『心』のよりどころであり、
我が国日本の大きな誇りともいえる大切な、
とは言え、私は、この偉大なる“姫路城”についてほとんど何も知りません。
かねてより勉強したいと思い続けてきました。
昨日11月29日(日)に、姫路商工会議所青年部の一つの活動として姫路城探究の
為の勉強会が開催され参加してきました。
本日のおたまはん日和は、この姫路城探究の勉強会から学んだこと等を簡単に紹介させて頂きながら、姫路城について考えていきたい思います。
今回の姫路城探究の勉強会では、今や“姫路城の博士”と言われている、姫路商工会議所青年部と“姫路円卓会議”のメンバーであるH氏から徹底的にご教授頂きました。
昼過ぎに姫路城の外堀のあった山陽百貨店をスタートして約5時間かけてお城周辺を歩きまわり、もちろん天守閣にも登り大いに勉強してきました。
その内容は、姫路城にまつわる色々な歴史的な事柄はもちろん、姫路城建築に関わる
沢山のエピソード、姫路城に隠された多くの秘密なども聞き・見て・知ることが出来た
とても有意義な勉強会となりました。
特に今回は、姫路藩の敵方となり、このお城を攻撃して天守閣を奪うという観点から
姫路城を案内頂き、講師のH氏から姫路城が如何に防塞の力に優れているかを戦時を
イメージしながら教えて頂きました。
現在の姫路城を造った池田輝政公は、姫路城築城にあたり、この姫路城を「難攻不落の城」にするのではなく、戦わずして相手の戦意を挫く「不戦勝の城」に仕立てようと
考えたそうです。遠く瀬戸内海からでも見えるこの巨城“姫路城”は、その輝政公の思いの通り、輝政公の死後一度も戦火を交えることなく幕末を迎える事となるのです。
今回の講師H先生が活動を行っておられる、“姫路円卓会議”について簡単に触れます。
姫路円卓会議は、すでに今年から始まり5年をかけて行われる姫路城「平成の大改修」
間に姫路市民として何が出来るかを考える会だそうです。
言いかえれば、姫路城の魅力を発信しながら、更に新たな魅力を発見・発掘・創造して
姫路の街に大きな人の賑わいと活気を呼び起こそうとされている姫路城を愛する団体
です。                http://www.himeji-entaku.jp/entaku.html
この度、姫路円卓会議から『姫路ぶらぶらガイドブック』という、一味ちがったガイド
ブックが発行されました。今日のおたまはん日和でもこのガイドブックから文章を一部
引用させて頂いております。ご興味のある方は、先ずはこの姫路円卓会議にお問い合わせ頂ければと思います。
この勉強会のお陰で、姫路城について、そして、私の街姫路の歴史を勉強を進めていこう思いを強めることが出来ました。
本日も最後までお読み頂きありがとうございます。
*****************  世界文化遺産 国宝 姫路城  **********************
後は、私自身が姫路城の歴史の基本的を復習したいが為に、姫路城で配られている
パンプレットの一部をそのままここに掲載させて頂きます。
姫路城は、播磨の守護職赤松則村が元弘3年(1333年)ここに砦を築き、その子貞範が
正平元年(1346)城を構えたことに始まり、その後小寺氏、黒田氏が守っていました。
最近の研究では築城は16世紀中頃の黒田重孝・職隆のときとする説もあります。
黒田官兵衛孝高のとき、彼の勧めで羽柴秀吉が天正8年(1580)西国攻略の根拠地として入城し、翌9年3層の天守閣を完成させました。
 その後、羽柴秀吉、木下家定と続き、関ヶ原の没後、徳川家康の女婿池田輝政(52万石)が入封し、慶長6年(1601)から8年の歳月を費やして南の外濠を現在のJR山陽本線付近とする程の大きな規模に城域を拡張し、姫山に5層7階の天主を築きました。
池田氏3代のあと入封した本多忠政(15万石)は、長男忠刻とその室千姫(徳川秀忠の長女)のために、西の丸を整備して、元和4年(1618)今日に見る姫路城の全容を整えました。
その後、城主は松平氏、榊原氏と変わり、酒井氏が寛延2年(1749)入封して明治維新を迎えました。
 現在、大天主と三つの小天守、これらを結ぶ渡櫓(以上「国宝」)をはじめ、化粧櫓
など櫓27棟、門15棟、土塀約1000m(以上「重要文化財」)の建造物と、内濠・
中濠の大部分が残っており、中濠以内は特別史跡に指定されています。
1993年12月、姫路城は法隆寺地域の仏教建造物とともにユネスコの世界遺産委員会で我が国で初めて世界文化遺産に登録されました。
これは姫路城が、我が国の築城技術が昂揚期を迎えてた江戸時代初期に造営された最も完成された城郭建築であり、壮麗な連立式の天守閣群をはじめ多くの建物が築城当時のままの美しい姿で今日まで残る唯一の城としてその普遍的価値が認められたものですが、姫路城が長い歴史の中で一度も戦や大きな災害に遭うことなく奇跡的に生き残り、多く人々の努力と熱意によって保存・整備されてきた結果でもあります。
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                  藤橋家homepage  http://www.fujihashiya.com/

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2009年11月24日 (火)

たまごの素晴らしさ ①コリン

アメリカに、AEB(アメリカン・エッグ・ボード)http://www.aeb.org/
というアメリカのたまご業界を代表する団体があります。
このAEBは、“たまご”の持つ素晴らしい機能や楽しい料理とその作り方などを
大々的に消費者に伝える活動を通して、大げさにいえば新しいレベルで“たまご”
を通した楽しく健康的な人生の送り方を提案し続けています。消費者に伝えることで
“たまご”の持つ、神秘とも言える多様性と美味しさを積極的に
“たまご”の消費を喚起している、とてもユニーク団体です。

このAEBが毎月発行するニュースレターを、日本のたまご業界を代表するある団体の
役を務める先輩が、翻訳して送って下さります。
その10月の内容の中に“たまご”に沢山含まれる成分「コリン」の特集があったこと、
そしてまた、過去2年間のニュースレターにおいても「コリン」についての記述が多く
あるとのその先輩からコメントも頂きました。
本日は、たまごの素晴らしさを、特にAEBが何度も紹介するたまごの卵黄に含まれ
る「コリン」の大切さについてスポットを当てて簡単にご紹介させて頂きます。

この10月号では、ワシントンDCで開催された第1回コリン科学サミットの内容を
紹介しています。「コリン」というものが如何に重要な栄養素であるかと云うことと、
そして、重要でありながら多くの人は、「コリン」の摂取量が不足している事を強調して
述べています。
しかも、「コリン」は、レバーや卵、小麦の麦芽に多く含まれているものの、たまごの
コリン、所謂“卵黄コリン”がもっとも体に吸収されやすく、実際に1個の“たまご”
には、115~125mgのコリンが含まれていることから、人間が一日に必要とする
摂取量を賄う為には一日2個以上のたまごを食べれば“OK”ということだそうです。
言い換えれば、たまごには、一日に摂取必要量の約1/2に相当する「コリン」が含ま
れているということなのです。

この人間にとってとても重要とも思える栄養素「コリン」のことをもっと知りたくなり、
たまごについて知りたければ何でもござれともいうべき偉大なるホームページ
『たまご博物館』http://homepage3.nifty.com/takakis2/で「たまごのコリン」に
ついて調べてみました。
以下、『たまご博物館』からの内容をかなり抜粋して紹介させて頂きます。

“たまご”には、雛(ヒナ)が孵化するまでに必要な栄養素が全て備わっています。
温めると外から空気を取り入れるでけで、殻の中では着々と生命化が進み、やがて殻を割って一つの命が生まれます。“たまご”って素晴らしい! 『命』その物なのです。

卵には黄身と白身があるのは皆様ご存知の通りです。
その黄身=卵黄はギリシャ語で「レシトース」と呼ばれ、約14%のたんぱく質と
29%の脂質、そしてビタミンやミネラルを多く含んでいます。
この「卵黄脂質」のうちの30%は「リン脂質」と呼ばれる脂質の一種で、脳や神経
組織の、細胞膜の構造の一部を成す極めて重要な物質です。

特に最近は、ボケや老化などを防止する研究が進み、注目されているのがこのリン脂質の約8割り以上を占める『コリン』なのです。
この『コリン』には、記憶に深い関わりを持ち、「アルツハイマー病」の脳内で著しく
不足している事が分かってきました。神経伝達物質の「アセチルコリン」は、この「コ
リン」をもとにしてつくられているのです。しかも、このコリンは体内でほとんど合成
できない為、食べ物から摂らなければなりません。

コリンの生理効果をあげると
(1)細胞膜の働きを助ける効果
(2)脂質の代謝を改善する効果
(3)肝機能に対する効果
(4)神経機能に対する効果
(5)その他の効果 ①動脈硬化の防止     ②皮膚の老化防止 
            ③不要な脂質の蓄積防止  ④血圧の正常化
(6)ボケ防止効果 

などなど、美容と健康に関する絶大なる効果があります。
また、コリンの摂取量の多い人は乳がんにかかりにくいというデータもあることを申し
加えさせて頂きます。

本日のおたまはん日和では、“たまご”の素晴らしい「コリン」に簡単にふれましたが、これからは機会を見つけて“たまごの素晴らしさ”や“多様性”について、そして、
先ずはこの「たまごのコリン」について勉強していきたいと考えております。

最後に、『たまご博物館』というホームページのサイトについて簡単にご紹介致します。

平成10年1月に開設されたホームページのサイトです。
その館長さんのお名前は、高木伸一様といわれる方で、たまご大好きが高じて
この偉大なるホームページを築き、進化させ、世にたまごの素晴らしさを訴え続けておら
れる方です。

高木館長様による「たまご博物館」の誕生についてのコメントを紹介致します。

・私はよく人に、「どうしてNTTに勤めているのに、たまごのホームページを作ったの」
 と聞かれます。先にもお話しましたように、私は、NTTデータという会社でコンピュー
 タ関連の仕事(銀行のオンラインシステム開発)に携わっています。
 (NTTは平成19年3月に退社されています。)
・実は、私は「たまご」が大好物なのです。(手羽も好きです)たまごは、ほとんど
 毎日欠かさず食べています。目玉焼きであれば、5つ目、6つ目をたいらげます。
 私にとって、「鶏は人生の必須アイテム」というわけです。

と述べられている通り、たまごと全く関係ないお仕事をされておられる方なのです。
たまごを生業としている者にとり、“たまご”に対する取り組みの甘さを反省をし、
私も“たまご”が大好きだから、自らを“おたまはん”と呼び、高木館長様やアメリカ
のAEB様に負けないように“たまご”の素晴らしさや多様性をとおして世の為、人様の
為にお役に立つと覚悟を改めて決め、ここにその意思を表明させて頂きます。
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

本日も最後までお読み頂きありがとうございます。
            藤橋家homepage    http://www.fujihashiya.com/

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2009年11月16日 (月)

ユニクロにみる理念重視型経営

週刊東洋経済という雑誌にLIVEという冊子が付いてきます。

2ケ月程前の号で、㈱ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正さんの
特集がありました。気になりながらも本棚に入れたままになっており、先週漸く読み
ました。そして、大いに感銘を受け、この感動を一人でも多くの方に伝えたいと思い
今週の“おたまはん日和”に取り上げさせて頂きます。

冊子LIVEでは、前半は柳井正さんの講演の話の纏めと、
そして、後半は、一橋大学の野中郁次郎名誉教授との対談の抜粋という構成です。

講演録の纏めの題名が本日のタイトルでもある『ユニクロにみる理念重視型経営』です。

ユニクロの第1号が広島に開店したのは、何とたった25年前の事です。
それが、今季の同社決算見込みは、売上高が6,820億円で、経常利益は1,010億円という
驚異の成長を遂げられています。そして、1兆円企業を目指し驀進中です。
柳井正さんは、この成長をもたらしたのが、理念重視型経営の徹底、そして、全社員が
「経営者マインド」を持っていたからであると断言されています。

この冊子LIVEの内容は盛り沢山でありながらとても端的に纏められていますので
柳井さんの特に感銘を受けた言葉を抜粋し紹介させて頂きます。
この“おたまはん日和”を書きだした時は、私なりに感想やコメントを入れながらと
思っていましたが、柳井さんの言葉がそのまま名言集を作れるほどの名言で、ほとんど
何も言葉を加えることが出来ず単なる抜粋となりますが、読んで頂ければ思わずうなる
程の名言だらけです。どうぞ最後までお付き合いください。

本日のテーマである“経営理念”を、4年前に、当社も会社設立50年を記念し、
そして、新たな半世紀のスタートに当り大きな発展を祈念して新たに経営理念を掲げま
した。その我ら藤橋家の経営理念を力強い筆文字で書いてくださり立派な額を作って
くださった彩華の今井社長様が、昨日わざわざ姫路城の“たまごや”にお越しください
した。嬉しく勝手ながらここに紹介させて頂き御礼を申し上げます。

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日本という市場は、どんどん縮小している、それ以上に日本が閉塞感を感じている理由
は,周辺国が非常に成長しているから。これは、言い換えればすごいチャンスです。
小売業であれば、世界中に成長市場があるという事ですから。

ユニクロ第1号店をオープンした1984年当時、カジュアルウェアの概念は二つの種類が
あった。一つはブランド品の高くて良い商品、もう一つはノーブランドの安くて悪い
商品。この概念を打ち破り「安くて良い服」を作ろうと思ったのです。
それを実施しようとしたら、最初の企画から生産、物量、販売まで、自社で全てコント
ールしていかないといけない。絶対に手抜きなく商品を作り。我々の会社ほどまじめに
商品作りをしている会社は、服屋ではあまり無いのではないかと思う。

経営に関しては、どんな不利な条件でも、志と方向性、計画、工夫、実行があれば成長
出来る事を証明しようと思ったのです。
日本ほどインフラが整って、人・モノ・カネ・情報、全部ある社会はないので、どの国
より、よっぽどやりやすいのではと思います。

会社として成長しようと思ったら、いい人が入ってこないといけない。
いい人が入るのは、いい心構えをもった会社です。いい人がいる会社に、いい人が
入ってくる。その人に惹かれて、またいい人が入ってきてイノベーションを起こして
いける。こういうことが経営の要点だと思います。

柳井さんが経営理念を作ったのは、会社の代表になる12年前位の事で初めは、今から
約30年前の事です。その時は、8つ程の理念しかなかったとそうです。
それが現在同社の経営理念は23の理念があります。
それは、
多くの人が会社に入ってくると、当然ですが一人ずつ考え方が違いますよね。
会社の概要、人に対する考え方、あらゆる事が違う。これだと仕事が出来ないのです。
だから、まず「経営というのはこういう事をやることです」と、全員が共通で認識しな
ければならない。そのために必要な理念をまとめていったところ23の理念になった。

いかに能力がある人が入ってきても、根本的に考え方が違うと駄目だと思います。
ビジネスというのは一つのベンチャーです。一つのビジネス・チャンスがあって、
そこに人・モノ・カネが集まってきて「いっちょやろうじゃないか」という、単純に
言えばそういう事だとおもうのですね。だから「我々の会社はこういう目的で、
こういうことです」と伝えなければいけないと思います。そういうことを意識せずに
毎日惰性で会社に行っているのなら、いい結果は得られないのではないでしょうか。

潰れかけた会社を買収しているが、そういった会社でも、ユニクロでもやっている事は
ほとんど同じ事だということです。ただしその徹底度、あるいは水準・・・本気でやって
いるかどうか。そして現場の人が本当に元気かどうか。そういったところが違うのでは
ないかなと思いました。

グローバル化における我々の合言葉は、「グローバル・ワン、全員経営
もし零細企業で、自分一人が販売員であり、バイヤーであり、あるいは経理の人間だっ
たら、どういう事を考えるかということが全員経営の要諦です。
一つの考え方のもとに、その多数の人間が血の通ったチームとして、一つの有機体と
して、商売をやってきた結果が今の姿だと思います。

いわゆるサラリーマン会社はもう終わっているんだと思います。
私は社員全員に言っているんです。「自営業者で、会社という場で仕事をしている」
というように考え方を変え、さらに「世界中の同業をやっている人と競争をしている」と思わない限り、勝ち残れませんよと。世界中にチャンスがあるということは、世界中から
競争相手がやってくるということなのです。

「全員が社長の代理だと思って仕事をするように」と言っています。
社長の代理だったら、絶対間違った判断はしないし、出来ないと思うんです。

一番いい会社というのは、自分が先生でもあるし、生徒でもある。
会社イコール自己成長の場として、個人としてどう成長していくかということと、
日常の仕事がリンクしているということだと思います。

やっぱり立派な上司といのは、その人の言葉でまなく、その人の行動なんですよ。
その行動を見て、「あ、こういう上司だったら自分はなりたいな」と思うかどうかだと
思うんです。

経営をやっている人間や管理職に言っていることは、「経営という仕事はないんですよ。
『経営』という仕事は。それは、一つのことを気をつけて、全体をどちらの方向に持っ
ていくかとういう日常の作業の積み重ね。

普通の人は、色々な前提を考えて、できない理由を探すんですよ。
でも、「できるのではないか」と思ってやる。将来に対して希望を持つ。
そして、ひょっとしたらできるのではないかと思ったら、行動する。
それで失敗してもいいと思ったら、行動する。それで失敗してもいいと思える。
そういうことなのではないかと思います。

特に我々の場合は製造小売業なので、現場の人が一番大事ですね。
それは、やはり日本の強みです。その現場を大事にしているかどうか、
現状は疑問です。「現場・現実・現物」というのですが・・・・
日本の戦後、我々の先輩がやってきた事をもう一度思い出すべきだと思います。

本日は柳井さんから素晴らしい沢山の言葉を頂きました。
胸に刻み込みたい。そんな思いで一杯です。

最後までお読み頂きありがとうございます。

                藤橋家homepage   http://www.fujihashiya.com/

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2009年11月 9日 (月)

その人の夢は、太平洋と日本海を桜で結ぶ事

テレビドラマ『さくら道』を観ました。
このドラマは、佐藤良二さん(昭和4年8月3日-昭和52年1月25日)と云う実在した方の、
『太平洋と日本海を桜で結ぶ』という壮大な夢を実現しようとして、名古屋から金沢市
までを結ぶ国鉄名古屋金沢急行線(バス)路線沿いに苦闘しながら桜を植樹していく
き様を描いた物語です。佐藤良二さんは、この旧国鉄バス名金急行線の車掌さんでした。

このドラマは、佐藤さんのお孫さんが名古屋城から金沢の兼六園までの250kmを2日掛り走破する“さくら道国際ネイチャーラン”というマラソン大会に参加しながら、
佐藤さんの娘であり、この娘さんの母親から聞いた祖父「佐藤良二」の話を回想して
いくという流れで展開されます。
このマラソン大会は、第1回大会が1994年に開催され、現在も毎年桜の咲く4月に開催
されているそうです。

佐藤良二さんが桜の植樹をやりだした切っ掛けは、その当時、御母衣ダム建設に伴い
水没地区にあった樹齢400年の荘川(ショウカワ)桜が、名金急行線の路線沿いに移植され、その銘木が再び開花した事に大きな感銘を受けた事にあります。
その時に、桜の木の持つ「不思議な力」に佐藤さんは取りつかれてしまった様です。

佐藤さんのお父さんは、人様に喜んでもらう事を生きる基本とし、自らが苦労して作った
農作物等を自分の手元に残す事も忘れて貧しい人たちへ分け与える様な心やさしいとても勤勉な方だったようです。
だから佐藤さんの家庭はとても貧しく質素な家庭で育ち、そんな父親の考えが
理解出来ませんでした。しかし、そのお父さんが無くなった時に、お葬式に思いもかけ
ない沢山の方々が弔問に訪れ、また、その方々の父親に対する大きな感謝の念に触れ、父親の真心を理解し、自らの生き方を問い正します。

またその時に、幼少の頃のお父さんとの会話を思い出します。

佐藤さんがお父さんに「なんでうちは貧しいのに、人様に物をあげてしまうの?」
という問いに、お父さんは、「困った人を助けるのが人の道だよ。」と答えます。
そして、「鶯はなんてなくか知ってるか?」と反対に問いかけます。
お父さんの答えは『ボロ着て、奉公せよ』でした。
鶯は、ボロキテ ホーコーセヨと鳴いている事を忘れず生きよと言います。
この言葉を、お葬式の後で突然思い出し、佐藤さんはその後の生き方を、
世の為人の為に何が出来るかを問い続けと生きるようになった様です。

佐藤さんは、若くして血管免疫芽球性リンパ節症という病気におかされます。
病に苦しみながら、そして、国鉄からもらう給料のほとんどを桜の植樹につぎ込み
貧しい生活を送りながらも生涯に2,000本以上の桜の木の植樹をされたそうです。

佐藤さんは47歳という短い生涯を、一体どうして“太平洋と日本海を桜で結ぶ”という
壮大な桜の植樹につぎ込んだのでしょうか。

その理由を、このドラマで佐藤さんは次の様に語っています。

『人様が桜を見上げて幸せそうな笑顔を見せる時、私は幸せになれんです。
 人と人の心に、世界の人達の心に、桜の花の天の川をかけて、桜の持つ不思議な力で 人様を幸せにしたいんです。』

このドラマを見て、人が生きるという意味を改めて考えてみました。

稲盛和夫先生の言葉が直ぐに思い出されます。
心を磨いて美しい心になる為、そして、心を磨き続けて、生まれて来た時よりも
少しは成長しようと努力し、人様のお役に立つ事であると。

桜の木は、植えれば勝手に育つものではありません。
肥やしを与え、雪の被害からも守ってあげるなど愛情かけてしっかりと
手入れをしないと多くの木は折れたり枯れてしまうのです。
そして、大木になり美しい花を咲かせるには何年も年月が掛ります。

毎日毎日の積み重ねこそが人生である、そんな事を教えたくれたドラマでした。
何ともまとまりがありませんが本日の おたまはん日和 をこれにて終わらせて
頂きます。
最後までお読み頂きありがとうございます。
            藤橋家homepage   http://www.fujihashiya.com/

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2009年11月 2日 (月)

中国出張とフランク・ベドガーとの出会い

先週週末を利用し、中国研修生受け入れの為に中国は四川省の
楽山市という町迄行ってきました。
3日間の慌ただしい日程でしたが、一緒に同行させて頂いた方々や、
現地でお世話になった方々に助けられ、安全で楽しく、見知らぬ世界に触れること
が出来た意義ある旅となりました。

旅行をすると、特に海外旅行となると大なり小なり色々な問題が待ち受けています。
私も名古屋中部国際空港で搭乗前に整髪剤(液体)を購入してから検査を受けると、
液体容量オーバー違反で買ったばかりのものを没収されたり、到着飛行場では、
そこで合流する方の飛行機が遅れて予期せぬ長い待ち時間が発生したり、
車で街に入れば大渋滞で、運転手さんは道も解らず迷って更に時間がかかる・・・
等など色々ありました。
 何事も問題が起きた時は、好機・チャンスとして感謝の気持ちで受け入れると
いつも自分に言い聞かせようとしていると云うことが出来ていたかと云うと全くもって
自信がありません。いや、今から思うと、大いに苛立ち内心腹を立てていたと反省せね
ばなりません。特に見知らぬ世界・海外では泰然としていたいものです。

 今回の旅で行きの飛行機の中で、以前より読みたいと思っていた、
フランク・ベドガー著 土屋健訳 『私はどうして販売外交に成功したか』と
云う本を丹念に味わいながら読む事が出来ました。

 この本の著者ベドガーさんは、フィラデルフィアのナッソー街のみすぼらしい小屋で
生まれ、貧困のどん底のなか、飢餓に喘ぐ様な子供時代をおくります。
 成長し、プロ野球選手となりほんの短い間ではあるものの大リーガーの選手として
活躍します。しかし、大きな怪我をして野球選手としての生命を断たれ、色々な職を
転々としながら荒んだ生活を送るようになります。
 そんな中でセールスマンを志し、どうしたら売れるだろうかと、日夜自棄的な苦闘を
続けて、暗中模索していた時に、ベドガーさんは、『ベンジャミン・フランクリン自伝』というアメリカのベストセラー本に出逢い、その生涯に重大な影響を与えられたと書かれています。
 その後、ベドガーさんはフランクリンの教えを実行しながら自我の研鑽に励み、保険
外交員として大成功を収め、啓蒙活動を通して多くの人たちを導いた人になったという
事をこの本で知りました。

 私は、この著書を読み、これまで受けた事のないような大きな感銘を受けました。
また、ベンジャミン・フランクリンの十三項目の約束という教訓も初めて知りました。

 今回出張で中国に行くに当りカバンに詰め込んだ数冊の本の中にこの著書を入れ込み
読み大きな感動を頂いたいこと、今回の出張で出逢いお世話になった方々、感動させられた色々な景色や出来事、などなど旅をふりかえり思いを巡らせながら、ふと全ては一つに繋がっている、という高僧の言葉が心に蘇ります。

 この著書は、販売外交(営業)に成功する具体的な方法や生き方も書かれていますが、
大きな柱になっているのがベンジャミン・フランクリンの十三項目の実践です。

 ベンジャミン・フランクリンは、小さな印刷所を経営して、ひどい借金に苦しんで
た時に自分が感じた問題を十三項目選び出し、これを身につけ完全なものとする様に努力し続けたのです。
 その方法とは、下記に記してある13項目の一項目を順次一週間ずつ全力を傾け体得
するよう努力する。
 同じ様にして各13項目を十三週間かけて全項目を一通り終える。
 そして、また13項目を同じように順番に繰り返し、1年間に4回繰り返すことで
自分を磨きあげて行く、と云う方法です。
 そして、ベンジャミン・フランクリンは、生涯この13項目の実践法則を貫き、
歴史にその名を残す偉大な人物へと成長していったのです。

 
ベンジャミン・フランクリンの十三項目
1.節約 2.沈黙  3.秩序  4.決意  5.倹約  6.勤勉  7.誠実
8.正義 9.中庸 10.清潔 11.平静 12.純潔 13.謙遜

 ベンジャミン・フランクリンの十三項目を実践しながら、この著者のべトガーさん
自分なりに作り替えて人生で実践したベドガー十三項目もここで紹介させて頂きます。

フランク・ベドガーの十三項目
1.情熱  2.秩序-自分自身の行動を組織的にする。
3.他人の利害関係を考える。
4.質問  5.中心問題  6.沈黙 
7.誠実-信用を得るに値することをする。
8.自分の事業に関する知識
9.正しい知識と感謝
10.微笑み-幸福感
11.人の名前と顔を記憶すること
12.サービスと将来の見込みに対する予測
13.販売を取り決める-購買行動に対する予測

 ベンジャミン・フランクリンは、その生涯を閉じる直前に次の言葉を残しています。
「そこで、私は自分の後進の人たちがこの手本にならって、大いに利益を収めてもらい
 たいものだと念願している。」 私は、この言葉をフランクリンからの私に対する
 遺言として受け止めたいと思っております。

 この本にご興味のある方は、フランク・ベドガー著「私はどうして販売外交に成功し
たか」は、ダイヤモンド社から発行されていますのでお求めください。
第1版は1964年で、今年2月に新装版42版が発行されています。

最後に、wikipediaにベンジャミン・フランクリンの13項目が解り易く紹介されていま
すのでここに掲載して締め括らせて頂きます。

本日も最後までお読み頂きありがとうございます。

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フランクリンの十三徳
  1. 節制 飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。
  2. 沈黙 自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。
  3. 規律 物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。
  4. 決断 なすべきをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。
  5. 節約 自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。
  6. 勤勉 時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて断つべし。
  7. 誠実 詐りを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。口に出すこともまた然るべし。
  8. 正義 他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。
  9. 中庸 極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、激怒を慎むべし。
  10. 清潔 身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。
  11. 平静 小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。
  12. 純潔 性交はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これに耽(ふけ)りて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、または自他の平安ないし信用を傷つけるがごときことあるべからず。
  13. 謙譲 イエスおよびソクラテスに見習うべし。
                                                                                   以上
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                  藤橋家homepage   http://www.fujihashiya.com/

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