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2010年5月31日 (月)

中村天風の生きる手本 第2章から

先週のおたまはん日和では、三笠書房の“中村天風の生きる手本”を纏められた作家
宇野千代さんの事や、第1章「生きる手本-人生、何事も自分の考えた通りになる」の内容を簡単に紹介させて頂きました。

今日は、最終章である第4章まで読み進み、この本から学び感じた事をまとめて行きたいと思います。各章の題名を次に紹介致します。
第2章 「別人のように強い心になる」心身統一法
第3章 「一生に一度の感動」を得る!
第4章 これが「大きな幸福が訪れる人」の生き方

私達はみんなは、もちろん幸せに人生を全うしたいと願い毎日を送っていると思います。
それなのに、真に幸せだと感じ生きている人はどれ位おられるでしょうか。
天風哲人は、幸福になる為に先ず心を空っぽにする事、心を掃除せよと説かれています。
心身統一法で「観念要素の更改」と言われているのがこの心の掃除です。
人間の心で行う思考というものは、心の表面である実在意識というものが行っている。
ただ、本当の思考というものは、この実在意識の奥にある、潜在意識という、俗にいう心の倉庫の中で思ったり考えたりする全ての材料が観念要素と名付けられてはいっていて、何かものを考えようとすると、すぐにこの観念要素が、ひょいひょいと飛び出して来ては、実在意識となる。そして、その思い方考え方に、一連のアイディアを組み立てる。
この大きな事実を理解すると、結局は人間の思考、言い換えれば心の状態は、この観念要素の状態に左右されているという事になります。
心の底から幸せと感じずに生きている人間の行う思考は、何においても、先ず第一に、潜在意識、すなわち心の奥の雑念妄念の大掃除をやらなければならないという事です。
その心の奥底を大掃除した後には、精神の生存状態をどんな場合にも積極的な気持ちで一杯にすることです。この積極的というのは、「尊く・強く・正しく・清く」生きることです。
尊く、強く、正しく、清い心で潜在意識を創り上げることです。
また、決して消極的な感情を断固として持たないこと。
消極的な感情というのは、「怒ること」「悲観する事」「怖れること」「憎むこと」
「怨むこと」、もっといえば、煩悶、苦悩、憂鬱などなど、この様な消極精神を心の中から一掃して、二度と心の中に入れないと決意し実行することです。

あともう一つ紹介したいのが、天風哲学の大きな柱となっている大哲学者カントの伝記のです。カントは、ドイツの田舎町で生まれました。生まれながらにして背中に団子みたいな瘤(こぶ)があり、乳と乳の間は、2インチ半、脈がしょっちゅう、百二三十打って、ゼイゼイ喘息でもって、いまにも死にそうな子供だった。それでも、17歳迄は、毎日、苦しい、苦しいとのた打ち廻って死なずに生きていた。17歳の時、田舎町に巡回の医師が来たので見てもらった。その時の医師の言った一言が、カントをして、あの世界的な大哲学者にしてしまった。その医者の言葉とは、

「気の毒だな、あなたは。しかし、気の毒だな、と言うのは、体を見ただけのことだよ。
 よく考えてごらん。体はなるほど気の毒だが、苦しかろう、辛かろう、それは医者が見てもわかる。けれども、あなたは、心はどうでもないだろう。心までも見苦しくて、 息がドキドキしているなら、これは別だけれども、あなたの心は、どうもないだろう。
 そうして、どうだ、苦しい、辛い、苦しい、辛いと言っていたところで、この苦しい、辛いが治るものじゃないだろう。ここであなたが、苦しい、辛いと言えば、おっかさん だって、おとっつぁんだって、やはり苦しい、辛いわね。言ったって言わなくたって、 何ものにもならない。ましてや、言えば言うほど、よけい苦しくなるだろう、みんながね。
 言ったって何もならない。かえって迷惑するのはわかっていることだろう。同じ、苦しい、
 辛いと言うその口で、心の丈夫なことを、喜びと感謝に考えればいいだろう。
 体はとにかく、丈夫な心のおかげで、お前は死なずに生きているじゃないか。
 死なずに生きているのは、丈夫な心のおかげなんだから、それを喜びと感謝に変えて いったらどうだね。出来るだろう。そうしてごらん。そうすれば、急に死んじまうような ことはない。そして、また、苦しい、辛いもだいぶ軽くなるよ。私の言ったことはわかっ たろ。そうしてごらん。一日でも、二日でもな。わからなければ、お前は不幸だ。
 それだけが、お前を診察した、私のお前に与える診断の言葉だ。わかったかい。
 薬はいりません。お帰り。

この言葉を言ったお医者さんも偉いと思いますが、17歳の少年カントが、この医師の言葉を素直に受け止め実践し、心は何ともないんだから、まず、心と体と、どっちがほんとうの俺なのか、これを一つ、考えてみよう。という気持ちになって大哲学を打ち立てて行くという事も実に素晴らしと感心させられます。

天風哲人は、このカントの伝記を35歳の時にフランスでサラ・ベルナールに紹介されて読み大きな感銘を受けながら忘れてしまっていた。それが、インドの山奥で修行中に、突然思いだし、そして、悟りを開かれるのです。
それかの天風哲人は、肺結核という病も厚紙をはがすように回復していったのです。

この“おたまはん日和”で、天風哲人の教え「心身統一法」を何度も紹介させて頂いておりますが、これは、一人でも多くの方が、本当の天風哲学に触れる切っ掛けになればと願っているからであります。
この本の最後に天風哲人の言葉を紹介して締め括ります。

どんな場合であっても、喜びと愉しさ、あるいは有り難さという、この気持で生きることをまず、あなた方が、その先達になっていただきたい。
では、みなさん、お元気で。ご機嫌よう。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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2010年5月24日 (月)

宇野千代さんの『中村天風の生きる手本(中村天風・述)』

標題に掲げました宇野千代さんの『中村天風の生きる手本』という本については、
過去に簡単な内容の紹介をさせて頂いた事があるかと思います。
今日は、この著書の第1章の「人生、何事も自分の考えた通りになる!」を読み直し、天風先生の教えについて学びたいと思います。

私ごとき者が、何故この中村天風先生の教えについて何度も何度もこの“おたまはん日和”でも紹介させて頂いているかの理由は、
私ごとき弱い人間でも、天風先生の教えである“心身統一法”の教えのほんの片鱗を、しかも、断片的であるにもかかわらず触れている事で、少しずつではりますが、毎日を恒に明るく朗らかに生きよういう意志が心に広がろうとしていると感じるからであります。

天風先生は、その著書“真理のひびき”で次の様に言われています。(P232)、

皆さんにおいても天風と同様な恩恵に浴していると厳粛に考慮されるべきであると思う。
まして皆さんは労少なくして得ることが多いという、天風よりはるかに果報の恩恵を与えられいる。その点まで省察が行き着くならば、真理の践行に勤勉であると同時に功徳の布施に力尽くすべしという天風の真意のあるところも充分に理解されることと信ずる。
 こいねがわくは、お互いに清い心で尊さに慣れていないかを反省し、生存確保の践行に努力することである。

この言葉を、この真意を、少しでも多くの方にお伝えし、実際に書籍などを手に取られる方が増えれることを願いながら。

この『中村天風の生きる手本(中村天風・述)』の宇野千代さんご自身の紹介文は次の通りです。
この「天風先生座談」は、天風先生の講和の中から、出来るだけ、先生の生の声をそのままにと留意して、編集したものである。ちょうど私が、先生の講和によって蘇生したのと同じ経過で、幾百万の読者が、その同じ幸運に会われるようにと、敢えて世に問う訳である。

作家 宇野千代さんは、天風先生が亡くなる四年ほど前から、その薫陶を受け、
後日、「この四年間に、私は自分でも信じられないほどの変わり方をした」と述懐されている様に、天風先生と出会う迄の十七、八年間は、一行も書けない状態で、それをご自分で「私はちょうどそういう年齢に達したのだ」と、諦めの境地におられた。
それが、天風先生と巡り合い、「人間は何事も自分の考えた通りになる。」という教えを受け、「書けると信念すればかけるのだ」と確信された時に、正に蘇り、その後、ベストセラーを世に出されていくのです。

宇野千代さんが纏められたこの本の第1章「人生、何事も自分の考えた通りになる!」から天風先生の言葉を抜粋しながら簡単に纏めてみます。

先ず天風先生は、普段からよく言われている「人生は一回限り」で、必ず死ぬという事について、この重大な事実をわかっているようで、殆どの人が、ほんとうに気楽に考えて、真剣に考えていないということをここでも強調されています。

病についても、肉体的に施す医学だとか、高いお金を出して医者にかからなければ治らないと思って勘違いしている人が如何に多い事でるか。もちろん科学研究の医学を無視しちゃあいけませんが、風邪が治ったというのも、それは、ひとりでに治っちゃったんですよ。

治らない風邪ならどんな医者にかかっても治りやしないんです。と言われています。
注)天風先生は、病気のことを決して病気と言わない。病いと言う。病気というのは、あれこれと気を病んで、気持ちで病気をつくる人の状態をいうのである。

天風先生の説かれる、幸福を呼ぶいちばん確かな法「心身統一法」というのは、
人生の刹那刹那を如何に、生きるかという事を、平易に説かれた法でありますが、
これは、心と肉体が打って一丸となったものが生命であり、その見地に立って、我々の生命の生き方、活かし方を研究しなければならないという思想が根本をなしているのです。

自分の寿命を完全に全うする生き方とは、生かされている部面と、生きなければならない部面との二つがあることを知ること。解り易く言えば、生存と生活というのが、打って一丸とされない限り、生命存在の現実を、確保することは出来ないという事。
ただ、生きよう、生きよう、という努力をしているだけでは駄目である。

心身統一法という一つのドクトリン(教義)は、健康と運命とを完全にする生命要素というものを作ることを、プリンシプル(原則)にしており、生命要素とは何かというと、平たく言えば、つまり健康と運命とを両立して完成するのに必要な、生命の力であります。

この第1章の最後の方の小見出しを上げると、
・まず「相手を無邪気に受け入れる」
・頭や心を「空」にしてみる。
・心と体を一つにすれば、人は病にならない。
等がありますが、

第1章の終りで何度も繰り返されているのが、
人間というものがこの世の中に生きてゆくのに、何においても、心と体を別々に考えたら駄目だという事です。

とここまで第1章を読み返してきましたが、
実際のこの第1章の内容は、中村天風先生が、自らの病い肺結核を治そうと世界をめぐり、ヨーロッパで半ばあきらめ、もう死ぬ為だけに帰国しようとする途上、偶然エジプトのカイロで、ヨガの大家カリアッパに出会った経緯や、また彼のその教えや、彼の言葉が沢山紹介されています。

簡単に纏めれば、中村天風先生の心の中は、カリアッパに出会う迄は、雑念妄念で一杯だったのが、彼と出会い、相手を無邪気に受け入れ、一体何処の誰で、何処へ連れて行かれるか、また、何を教えられるか何も知らず、そして、また何も聞く事もせず、ヒマラヤの麓までついて行き、心を空にして、教えに導かれ修行したことで、悟りの境地に到達したこと迄のことが書かれています。

第2章以降から、実際のありがたい教えが書かれていますので、次回は、この本の第2章以降を読み進め心身統一法を学び続けたいと思っております。

本日も、最後までお読み頂きありがとうございます。

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2010年5月17日 (月)

寅年 年男が誕生日を迎えて

私は、寅年 昭和37生まれです。
先週、元気に48歳の誕生日を迎える事が出来ました。
子供の頃は、誕生日の日には、人様に自分の誕生日を覚えていてほしいとか、
誰からか「おめでとう」と言われるのを期待し、待っているという子供でした。
しかし、何時頃だったか覚えていませんが、
私の大好きな映画評論家・解説者の淀川長治さん(1909年4月10日~1998年11月11日)
の言葉で、誕生日に対する考え方や過ごし方が変わりました。

淀川長治さんの言葉とは、次の言葉です。
「誕生日とは、生んで頂いた母親に感謝する日なのですよ。」

私も48歳の誕生日を迎えた朝、母に対して、
「よくぞこんな丈夫な体に生んで頂きありがとうございます。」と心から感謝の気持ちを
伝えました。

夜遅く帰宅すると、栗入りの赤飯と、鯛の塩焼きを作ってくれていました。

私は、最近毎朝、4人の方の“一日一言”を読んでいます。
そのうちのお一人、坂村真民さんの一日一言から、私の誕生日の言葉を紹介させて頂きます。

『大変なこと

地球を造る
大変なことだったろう
人間を造る
これも大変なことだったろう
自己を造る
これも大変なことだ
この大変なことの数々を
しっかりと知らねばならぬ

あと2年で50歳になります。
論語の有名な言葉に、五十にして天命を知り、六十にして耳順(したが)い・・・
という言葉ありますが、論語の教える様にしっかりとした人生を歩んでいきたいし、
真民先生が言われる“自己を造る”事について、真剣に覚悟しなければと感じております。

中村天風先生の教えの通り、

恒に明るく朗らかに統一道を実践し、
ひたむきに 人の世のために役立つ自己を完成することに努力する。

48歳の誕生日に新たにこの思いを強くしています。

淀川さんの言葉で絶えず自分に言い聞かせている大切な言葉を
紹介させて頂き、本日の“おたまはん日和”を締め括ります。

Welcome to trouble!
Welcome to trouble!!
苦労来い、苦労来い!!

何事にも、そして、いつも、感謝と歓喜の感情で自己を満たして生きてい行きたい。
最後までお読み頂きありがとうございます。

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2010年5月10日 (月)

山口・萩往還マラニック250㎞大会に感謝

5月2日から4日までの3日間に渡り、山口県で開催された、第22回山口100萩往還
マラニック大会の250㎞の部に初参加し47時間00分40秒で完踏して参りました。
(この大会では、完走と言わず、皆様完踏と言われます。)

この大会には、次の5種目あります。
250㎞、B140㎞、C70㎞、D35㎞、そして、F35kmウォークです。

今回の“おたまはん日和”では、この「山口萩往還マラニック大会」の、特に私の参加した
A250Kmについてのコースの案内や概要、そして、感じた事を簡単に綴らせて頂きます。

まず、A250kmに参加したい者は、140kmを完踏しなければなりません。
私は昨年140kmを完踏し、今年はじめて250㎞に挑戦させて頂きました。

250㎞大会の参加者等の簡単なデータを次に纏めます。

参加申込者数  365名  参加者平均年齢  51歳
完踏者数    152名  完踏者平均年齢  49歳
完踏最高年齢   74歳  完踏最弱年齢者  29歳
最高タイム   28時間58分 過去最高タイム  26時間37分

250km種目の制限時間は、48時間。5月2日の18時に出発し、5月4日の18時迄に、
スタートした山口市の瑠璃光寺に戻って来ればよいのです。

 コースは、山口市の瑠璃光寺を出発し、JR線沿いを流れる椹野川を西進し、上郷駅を過ぎて直ぐに県道31号線を北上します。
 豊田湖畔、俵山温泉を通り、向津具半島に入り、油谷島を一周、そして、向津具半島を大回して、立石観音などの日本海沿いを萩に向かって走ります。
その道々は、とても美しく自然豊かで、これぞ日本の昔ながら風景と思える棚田や小さな村々が点在し、漁村や山村のお年寄りに温かく優しい声援を、沢山、沢山、頂きました。
とは言え、道中もとても厳しく、千畳敷の登りと下り、そして、青海島に渡り最先端の鯨墓迄の往復など肉体的にも精神的にもかなり楽しい負荷を与え続けてくれます。
 そして、萩市を通過して、虎ケ崎を一周して萩市に戻ります。この時点で、走行距離は215km。
後は、山口・萩の山道である往還道路を一路山口市瑠璃光寺を目指します。
萩から往還道の頂きである板堂峠との高低差は約600メートル。その頂上から今度は一気に山道を下ります。余りにも急な坂道の為に山道に敷かれた石畳の石は、靴ずれだらけの足裏を突き刺し気持ちの良い刺激を与え続けてくれます。しかも急激な下り坂は、膝や足首にゴールの喜びを大きくしてくれる為の最後の痛みというご褒美をたっぷりプレゼントしてくれます。    なんちゃって・・・

今回完踏者最高年齢は、74歳の奈良からお越しなられた男性です。
70歳からこの250kmに挑戦され、完踏率の低い今大会で、5回目にして、初完踏を達成されました。
もちろん見るからにお若く元気な方です。そして、いつも素敵な笑顔で走られていた事が、
強く印象に残っています。

この度私は、初めてこの250kmマラニック大会に参加し、完踏できた事は、本当に運が良く、良きご縁に導かれたことと心の底から感謝しています。
山口からの帰りの新幹線の中で、この度の250kmマラニックを完踏させて頂いた気持ちを率直に書き記していますので、ここで改めて読み返してみようと思います。

生きている事は有り難い。
完踏できて嬉しい。
人様に、支えられて、導かれての完踏。
117.7kmの立石観音のチェックポイントで、足首の痛みや残りの時間や距離を考え、
次の千畳敷のチェックポイントまで行ってリタイアしようと決めて道端で休憩していた時に、去年の140kmマラニックで知り合った、先輩ランナーのMさんが通り過ぎ声を掛けてくれた。
そのまた先輩ランナーのHさんもご一緒におられ、このHさんについて行けば、制限時間内にギリギリ必ず完踏できるから、ついて来いと言われた。
それではと喜んで、お願いしますとお二人について行く。
Mさんは、去年250kmを44時間台で走り、Hさんは、今回で連続9度目の完踏をされた大ベテラン、しかも、フルマラソンはサブ3の実力者です。
このお二人に励まされ、ねんざ気味の足首や、つりかけていたふくらはぎにもテーピングまでして頂き、絶えず励まされ、支え続けられたおかげの完踏す。

人は、支えられ生きている。
人がいるから、生きている
人は一人ではない。縁あってこそ、縁なくして生きていられない。

人は、すべてのご縁に導かれ活かされていると知しれば、
そのご縁を素直な心で、大切にし、感謝の気持ちで活かすこと。
これが、人の生きる道、そして、基本。
そして、みんながお互いどうし、そのご縁に感謝して活かし合うと認識して生きれば
大きな力が生まれる。
これは、自分の為だけでない。お互いの為、みんなの為、人の為、
この世の為、人の為、世界平和の為になると信じる。
縁を活かすと強い意志をもって生き抜くこと。

そう考えていると、中村天風先生の著書の言葉が思い出されてきました。
(中村天風著「真理のひびき」書から正確に記します。)

           
・・・・永年わが心を苦しめた不平不満やその他一切の忌わしい消極的な心は
またたく間に雲散霧消し、代わりに何事に対してもまずそのことを積極的に善意に
解釈して、感謝一念で活きることができるようになってから、あえて努力しなくても
幸福が頻来するという果報の毎日を満喫するようになれて、・・・・
                   

天風先生の言われる、「何事にも積極的に善意に、感謝一念で活きる。」
この心がけの大切さを改めて確認させて頂いております。

117.7kmの立石観音でリタイヤをしようと決めていた自分にMさんに言われた、
「この人について行けば、ギリギリで完踏できるから。」の言葉に、
“俄然”エネルギーが湧き、「よし、そうだできるんだ」と信じた時、
完踏するんだという強い意志、決意が生まれた。

今回、完踏できたのは、すべてのご縁のお陰、ご縁が走ったと言っても過言ではないと
思っています。

ただ、その有り難いご縁の軸には、自分というものがいる。
その軸である、自分の心を恒に喜びと感謝の念で一杯にして、だんぜん積極的に活きると
強い意思をわれとわが心に持たせる、これが活きる根本である事も忘れてはならない。

東井義男先生の言葉が心の中でよみがえる。

「自分が自分の主人公。
 自分を立派に育てていく責任者。」

今回で、また、日々の積み重ねを知る。
己のトレーニング不足と日々の生活態度を反省

すごい人は、沢山いる。すごいマラソン大会も沢山ある。
国内にも、350km、520km等や、アメリカ大陸横断マラソンなどなど。

色々なことに挑戦し、沢山の方と巡り合い、ご縁に導かれ、自己を磨き続けていきたい。

これは、私にとって、人のために役立つ自己の完成を目指し続けることであり、
目指し続けながら、仕事を通して自分を磨き、また、世の為、人の為に役立ちたい。
そう願いながら書き綴ってきた本日の“おたまはん日和”を終わります。

P.S.
いま読み返すと、少し大袈裟かなとも思いますが、
完踏後、少し気持ちが高ぶっていた時の思いです。
そんな思いを忘れない様にここに記します。

昨年、帰路山口駅で知り合ったKさんには度々励ましのメールを頂きました。
Kさんは、充分なトレーニングを積みながら今回事情があり参加できませんでした。
その友人Oさんがマラソンを始めて、まだ2年目で250kmに参加され完踏されました。
一人直向きに走るその姿には大いに励まされました。
OさんはリュックにKさんの名前入りのバッジをつけておられ、一緒に完踏するんだと
言われていたことを今思い出しています。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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