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2010年8月30日 (月)

神鍋高原マラソン & 姫路城の歴史(1)

本日のおたまはん日和では、昨日開催され参加しました第31回兵庫神鍋高原マラソン全国大会についての紹介や感じた事を少し述べると共に、現在大改修が進む、国宝であり、世界文化遺産である姫路城の歴史について勉強しようと思います。

先ず、神鍋高原マラソンは、5km、10km、ハーフマラソン、そして、ファミリージョギングの4部門があり、参加申込者は、①1,014名 ②1,585名 ③1,620名 ④952名 の合計 5,171名の申し込みがあり、募集開始早々に定員の5千名を越えた為に参加受付を打ち切り、今年も参加できなかった方がかなりおられる人気の大会になっています。

この大会については、毎年このおたまはん日和でも紹介させて頂いている様に、地元の市民や商工業者、学生、生徒などなど、街の皆さんが一つになり、町興しの大イベントを成功させている良い例であると思います。私も大いにこの事業の企画運営などについて学びたいと思います。

さて、私は、ハーフマラソンの部に参加しタイムは、1時間55分02秒でした。

完走後直ぐに頂いた「完走証」には、次の様に順位も書かれていました。

部門順位:136位 /  394人中(ハーフ男子40歳台)

種目順位:469位 / 1620名中(ハーフ)

当社からも3人が参加し、この大会の為に厳しいトレーニング続けてきた橋爪課長は、目標の1時間45分を大幅に上回る 1時間37分 のタイムを打ち出しました。

彼は、今年3月の篠山マラソンの後半でタイムオーバーとなり完走できなかった悔しさをバネに、トレーングを重ね、見事今回の大会で挽回しました。そして125日に第1回大会が開催される「平城遷都1300年記念」奈良マラソン2010で、初フル完走を目指しています。

もう1名は、元気一番有田マン。彼は練習不足でタイムは2時間29分でしたが、立派に何とか完走しました。

私は、橋爪課長の頑張りに刺激を受け、次回のハーフマラソンでは1時間45分をブレイクしたいと思います。

神鍋マラソンについては以上です。

次に、現在大改修が進む、国宝、世界文化遺産「姫路城の歴史」について勉強したいと思います。

この「姫路城の歴史」についての勉強は、これからこのおたまはん日和の後半で毎回行いたいと思います。

教材には、「姫路円卓会議」が発行する『HIMEJI 姫路ぶらぶら』ガイドブックを使用し、できる限り原文のまま、この小欄にて紹介させて頂こうと思います。

この『HIMEJI 姫路ぶらぶら』ガイドブックは、姫路円卓会議のメンバーで、ハガフォトスタジオを経営する、芳賀社長さんが、姫路の歴史や文化等を徹底的に調べ上げ執筆されたものです。

芳賀さんは、姫路城博士と言われるぐらい姫路や姫路城についてとても深い造詣をお持ちです。

では、今回「姫路城の歴史」の第1回目、現在の姫路城は誰が築いたのか?をお届けします。

現在ある姫路城を築いたのは、1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いにより18代目の姫路城主となった池田輝政という武将です。輝政は、もともと豊臣家恩顧の武将でしたが、1594年(文禄3)、豊臣秀吉の仲介により家康の次女・督姫(とくひめ)を娶(めと)ったことから、家康と結び付き、関ヶ原の戦いでは東軍に属します。その功により家康から播磨国52万石を拝領した輝政、1601年(慶長6)より「慶長の町直し」と呼ばれる姫路城の大改修工事を行い、8年後の1609年(慶長14)に現在の天守が完成したと言われています。

今回のHIMEJIぶらぶらの御紹介、姫路の歴史の勉強は以上です。

この小欄を通じて、姫路市民であり、姫路城の前でたまごやを開業させて頂いている自分自身が姫路の歴史を学び深めて行こうと考えています。

本日も最後までお読み頂きありがとうございます。

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2010年8月23日 (月)

11月05日は、 “いいたまごの日”

社団法人 日本養鶏協会は、11月5日を “いいたまごの日” と定め、消費者の皆様にたまご(鶏卵)に対する、理解・知名度をさらに向上させ、たまごの素晴らしさを伝えて、日々の生活で、たまごをもっと楽しく身近に感じて頂く為に、色々の活動を展開して行く、と云うニュースを読み、本日は、この“いいたまごの日”関連の話を紹介させて頂きます。

いいたまごとは、11月=「いい」、05日「たまご」に因んで定められました。

日本養鶏協会では、記念日制定に併せて、「いいたまごの日」に向けて、エッセイ大賞コンテストの募集を行っています。

応募要項のについて、公式サイトとその内容を本日の“おたまはん日和”で紹介させて頂きます。http://www.jpa.or.jp/news/event/essay/2010.html

受賞者の方には、賞金やたまご1年分等の賞品が用意されています。

私も張り切って応募しようと思います。また、このブログをお読みの皆様もふるって応募してください。

エッセイを書かれるために、「たまご」について、ネットで調べたいと云う方は、是までにも何度と紹介させて頂きました、このHP『たまご博物館』をお勧め致します。

http://homepage3.nifty.com/takakis2/

『たまご博物館』から、“たまごと健康”という文章を紹介致します。

「たまごと健康」

・たまごには、たんぱく質やカルシウム、鉄分など、ビタミンCを除くほぼ全部の栄養素が 含まれている。

また、人の体内で作ることができない8種類の必須アミノ酸をバランス良く含んでいる、 すばらしい食品である。特に、たまごのたんぱく質は非常に良質で、たんぱく質の栄養価を表す基準では、最も優れた食品とされている。ちなみに、たんぱく質を漢字で書くと「蛋白質」であり、この「蛋」という字は、中国語で「たまご」を意味する。

・こんなに優秀なたまごなのに、コレステロールが含まれているため、「たまごは1日に1個しか食べてはいけない」といった誤解をした人が多い。これは、大きな間違いである。

たまごには、コレステロールを除去する作用のあるレシチンが多く含まれているため、毎日2個のたまごを食べても、ほとんどの人が血液中のコレステロール値が上がらない、という研究結果が出ているのである。

(但し、コレステロールの上がりやすい素因を持つ人やアレルギーの人、高脂血症の人は摂り過ぎに注意が必要)

上記にもある通り、たまごは豊富な栄養素が含まれています。これは食品に繁殖する細菌にとっても好都合でもあり、取り扱いを誤ると食中毒等の事故を招くことがあります。

この猛暑の続く時節柄、たまごを沢山食べて充分な栄養補給をして頂くと共に、割卵後に常温に放置することなどのないよう、特に取り扱いにご注意ください。

本日のおたまはん日和では、「いいたまごの日」に因んだ、エッセイ大賞コンテスト募集についてお知らせさせて頂きました。

最後まで、お読み頂きありがとうございます。

エッセイ大賞 コンテスト応募要項

1: テーマ/たまごのおもいで

   日本人が大好きな「たまご」、生活の中でなくてはならない「たまご」、そんな「たまご」への思いをこめた心温まるエッセイを募集します。

 たまごが貴重品だった頃のこと、たまご料理のこと、鶏を飼って産まれたたまごのこと、たまごのアイディア利用法などどのような内容でもかまいません。 

   

2: 応募資格

   どなたでも応募できます。

   

3: 応募方法

    題名をつけて、本文は1,000字以内にまとめてください。

 手書き、ワープロを問いませんが、日本語で書かれたもので未発表のオリジナル作品に限ります。別紙の応募票に題名、氏名、年齢、住所、連絡先(電話、ファクシミリ、メールアドレス等)を明記していただきます。

   

4: 送付先

  社団法人日本養鶏協会内 「たまごエッセイ大賞」係

104-0033 東京都中央区新川2-6-16(馬事畜産会館内)

電話 03-3297-5515 FAX 03-3297-5519 

電子メール  実際のHPをご参照ください。

 

   

5: 応募締切

  平成22年9月末日

   

6: 賞

●大 賞 1名  (賞金10万円、副賞 鶏卵1年分)

●優秀賞 2名 (賞金 5万円、副賞 鶏卵1年分)

●特別賞 1名 (賞金 5万円、副賞 鶏卵1年分)

●入 賞 20名(賞品 鶏卵1年分)

   

7: 表彰式

  平成22115日(金)東京

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2010年8月16日 (月)

“君が代”にこめられた日本人の思い

本日のおたまはん日和では、月刊誌致知8月号から

君が代にこめられた日本人の思い』というタイトルの、作家長部日出雄氏の文章を紹介しながら、美しい日本の国家『君が代』を正しく学び、祖国日本について、少しでも考える時間を持ちたいと思います。

長部氏は、昭和9年に青森で生まれ、11歳で終戦を迎えます。現在75歳です。

戦前は皇国少年と化していましたが、戦後の日本の歴史を根本的に否定する教育により、日本に古くからある遺物、文化を否定し、高校3年の修学旅行では、伊勢神宮がコースに含まれていることから参加を拒否するなど、左派、左翼の立場を取り生きてこられた人です。

そんな長部氏が還暦を過ぎて初めて伊勢神宮に参拝した時に、価値観が一変してしまいます。

その価値観が劇的に転換した時の事を次の様に表現されています。

「鳥居をくぐって広大な神域を一回りした途端、僕の歴史観、国家観、天皇観は、コペルニクス的転回を遂げたのだった。」

その作家長部氏が、月刊誌致知8月号でお話をされているのが次の様な内容です。

混迷する政治や長引く経済不況によって、自信と誇りを喪失しがちな日本人。

だが、この国の真価に日本人自身が気づけば、その自信と誇りを取り戻せるずだと力説する。

「君が代」や皇室、伊勢神宮など、世界に誇れる日本文化の真髄とともに、我々がいま規範とすべきものは何かということを語る。

それでは、その長部氏の君が代にこめられた日本人の思いについて、そのまま文章を紹介します。

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僕が世界に誇れる日本美として挙げたいものの一つが『君が代』である。

『君が代』は長い間、軍国主義の象徴のように捉えてきたが、
調べを進めるに従って、決してそうではないことが分かってきた。

『君が代』の起源を辿ると、その最も古い形は、
『古今和歌集』の賀歌(祝賀の際に歌う歌)の部のはじめに、
「題しらず よみ人しらず」として掲げられた次の歌であるという。

「我君はちよにやちよにさざれいしの巌と成て苔のむすまで」

「よみ人知らず」ということは、本書が編まれるずっと以前から人々の間に歌い継がれてきたわけで、ざっと千二百年ぐらい前の歌と考えられるだろう。

国学者の本居宣長は『古今集遠鏡』において、この歌を次の平易な言葉に訳している。


「コマカイ石ガ大キナ岩ホトナッテ苔ノハエルマデ
 千年モ万年モ御繁昌デオイデナサレコチノ君ハ」


宣長のいう「コチノ君」とは、祝賀を受ける席の主賓を差し、
天皇ただ一人を意味しているわけではない。

これが江戸時代に入ると、流行り歌「隆達節(りゅうたつぶし)」の、

「君が代は千代に八千代にさざれ石のいわおとなりて苔のむすまで」

という歌詞になり、「君」は婚礼では新郎を差すなど、祝賀の宴の主賓に向けられた寿歌として広く庶民に歌われてきた。

さらにこの歌詞は全国に普及して、薩摩の琵琶歌『蓬莱曲』の中にも取り入れられることになる。

そして明治二年、イギリスの軍楽隊長の
「外国の国々には必ず国歌というものがある。 日本にも国歌を制定する必要がある」

という進言を耳にした薩摩藩砲兵隊長の大山弥助(後の大山巌陸軍元帥)が、
「それを新たに作るよりも、古くから庶民に歌い継がれてきたもののほうがいいのではないか」
 
と考え、『君が代』の歌詞が国歌として選定されたのである。

実に千二百年以上もの歴史を有し、庶民に歌い継がれてきた歌を、以前の私のように、
また左翼系団体や日教組が目くじらを立てて、「天皇絶対崇拝の歌」や「軍国主義の象徴」と捉えるのは、いかにとんでもない言い掛かりであるかがご理解いただけるだろう。

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戦後のアメリカの占領政策で、教育勅語が廃止され、国旗掲揚が禁止された時期もあります。

いつの間にか、『君が代』は長い間、軍国主義の象徴であるかのように教育されてきました。

今ここで、国歌『君が代』を正しく認識し、子供たちにも我らの国の歴史を正しく、誇りを持って

伝える様にならねばならいと反省しています。

そして、坂村真民先生の 詩 『願い』を読みなをして本日の、おたまはん日和を締め括ります。

日本を

楽しい国にしよう

明るい国にしよう

国は小さいけれど

住みよい国にしよう

日本に生まれてきてよかったと

言えるような

国造りをしよう

これが二十一世紀の日本への

私の願いだ

           坂村真民一日一言 より

最後までお読み頂きありがとうございます。

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2010年8月 9日 (月)

人生で一番楽しいことは?

当社は、毎朝の朝礼で(社)倫理研究所が発行する“職場の教養”を読み上げています。
会員でもあることから、毎週週末に、色々なテーマに基づいて、人の生きる指針等が書かれたA4用紙1枚の文章が届きます。

先週金曜日に届いたのが、「目標への挑戦こそが 人生の醍醐味」と題して、
ギリシヤ七賢人の筆頭で、紀元前6世紀頃に活躍された、哲学の祖とも言われる
“タレス”とそのの弟子との会話が紹介されています。
人生を如何に生きるべきかを、短い言葉で端的に表現するとても重厚な心に残る言葉ですので、本日の“おたまはん日和”で紹介させて頂きます。

弟子 「人生で一番難しいことは?」
タレス「自分自身を知ること」

弟子 「人生で一番やさしいことは?」
タレス「他人を批判すること」

弟子 「人生で一番楽しいことは?」
タレス「目標を立てて挑戦すること」

その文章の解説も少し紹介します。
最初の二つの問答では、自分自身を客観的に捉えることの難しさと、たやすく周囲の環境を責めてしまいがちな人間の姿勢を明快に喝破していると説明をされ、

三つ目の問答に対しては、目標を完遂できた人は、常に明確な目標を掲げ、その達成時の喜びをイメージした人であり、厳しい状況の時こそ、いよいよ自分自身を鼓舞する強固な信念が不可欠であるとを示し、

そして、賢人タレスの言葉を噛み締めて、自分自身をしっかりと見つめ、他人や周囲の環境に責任転嫁をせず、自ら掲げたその目標に向かい最後まで挑戦し続けようと呼びかけられ、「世に生を得るは、事を為すにあり」の言葉で締め括られています。

己の人生を如何に築いていくかは、全ておのれ自身の生き方次第だと云うことは、
理解しているつもりです。この タレスの言葉を、自分の箴言集にひとつ加え、
「人生で一番楽しいことは、目標を立てて挑戦すること」を実践して参ります。

本日も最後までお読み頂きありがとうございます。

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2010年8月 2日 (月)

佐藤等著 「実践するドラッカー“思考編”」

今年の1月に、「実践するドラッカー思考編」という著書が出版されていました。

その著者は、佐藤等さんという方で、札幌で公認会計士事務所を経営され、会計監査や企業の税務申告等の仕事の他に、P.F.ドラッカー教授の教義の研究と実践に力を入れるドラッカーの第一人者で、その教えを企業発展の為に活用するのコンサルタントも精力的に行われている方です。

一昨年の1012日に開催された「クローバ経営研究所様」、いわゆる「マンダラ手帳様」が主催する研究学会の発表会で、すごい会議の大橋禅太郎さんや、魔法の質問のマツダミヒロさん等の蒼々たるメンバーと共に、佐藤等さんは、ドラッカーマンダラ手帳の実践哲学を融合して、自ら開発し実践されているマンダラ手帳活用のすばらし実践方法を披露して下さりました。その時、私はこの佐藤等さんの発表のブースこーディネーターをさせて頂いており、その後におたまはん日和で次の様に佐藤等さんの発表を簡単に纏めています。

http://otama-f.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-64c7.html

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14人の達人達の発表会をそれぞれブースに分けて行いました。

私は札幌の公認会計士 佐藤さんの発表ブースのコーディネートを務めました。

佐藤さんは、ドラッカーの時間管理をマンダラ手帳で実践されている方です。

また、ドラッカー学会の幹事もされています。

P.F.ドラッカーさんは、成果をあげる者は仕事からスタートしない。

スケジュール管理ではない、時間の創造からスタートする。

成果をあげるには自由に使える時間をまとめる必要があると言われています。その教えから、佐藤さんは、成果は行動しないと上がらない。その行動を支えるのが時間であり、時間とは成果をあげるための燃料であると定義され、また、人生は、バランスが大切であるとのマンダラの教えに基づき、健康、仕事、経済、家庭、社会、人格、学習、遊びの8分野の配分を考えながら、2時間を一つの時間の塊と捉え、時間を創造するための手法をマンダラ手帳を活用して実践されておられます。

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最近私は、特に時間の有効活用、言い換えれば、仕事のやり方、進め方、時間の管理の方法等についてどうすれば良いか、その方法を頭の中で必死になりながら模索していました。

そして、昨年マンダラ学会で聴いた佐藤さんの講義のスケジュール管理ではない【時間の創造】の実践について、改めて勉強したいと念願していたところ、なっなっなんと、ふとある本屋さんに立ち寄ったら、標題にも掲げた佐藤等さんが書かれた「実践するドラッカー思考編」が目に飛び込んで来たのです。

本日のおたまはん日和では、この著書「実践するドラッカー思考編」に体系的に纏められた、P.F.ドラッカー教授の名言と、佐藤等さんの実践に基づいた解説を2つほど抜粋し、成長の為に【時間の創造】を如何に行うかを少し考えてみたいと思います。

佐藤等さんは、時間の管理の中で、何を為すべきかの、その優先順位についてP.S.ドラッカー教授の次の言葉を引用されています。

「優先順位の決定には、いくつかの重要な原則がある。すべての分析ではなく勇気にかかわるものである。

 第一に、過去ではなく未来を選ぶ。第二に、問題ではなく機会に焦点を合わせる。

 第三に、横並びではなく独自性をもつ。第四に、無難で容易なものではなく変革をもたらすものを選ぶ。」

成果を上げる人は、意識して「緊急ではないが重要である」に優先順位を与えていますが、では、何をもって「重要なこと」というのでしょうか。私たちは、優先順位という言葉を曖昧に使っているようです。何を基準としているのかが、実は明確ではないのです。

ドラッカー教授は、この点にもメスをいれ上記に言葉の「過去ではなく未来」「問題ではなく機会」「横並びではなく独自性」、「無難で容易なものではなく変革」、更には「内部ではなく外部」であり、これを選択することは勇気がいると教授は言っています。

過去や問題などは、すでに事柄や事象が起きているため、分析が可能です。

現在については、例えば同業他社を参考にすることもできます。しかし、未来や機会を分析することはできません。独自性もまた、他に類例がないため、分析には馴染みません。

すなわち、未知なるものへの挑戦なのです。そこには勇気が欠かせません。

そして、「優先順位」以上に重要なのが、劣後順位の原則であるとP.F.ドラッカー教授の言葉続きます。

「本当に行うべきことは優先順位の決定ではない。優先順位の決定は比較的容易である。

 集中できる者があまりに少ないのは、劣後順位の決定、すなわち取り組むべきでない仕事の決定とその決定の遵守が至難だからである。」

この言葉の解説に佐藤等さんは、次の様に解説されています。

劣後順位の決定とは、手がけてはいけないものをあらかじめ決めておくことを意味します。

出来ればリスト化しておきましょう。劣後順位の決定には、二つの基準が必要です。

一つは、現在行っている仕事の劣後順位です。現在行っている仕事の棚卸を行い、生産性が低いものを洗い出し、「廃棄リスト」を作ります。折に触れてリストを確かめ常に廃棄のチャンスを狙えと。

もう一つは、新たに始めようとする仕事の中の劣後順位です。

まだ行動を起こしていないので、生産性の観点からは判断できません。こちらは、過去に捉われていないか、横並びで安易な道を選んでいないか、という観点から判断します。

劣後順位は、優先順位同様、状況によって変化します。定期的に見直す習慣をつけましょう。

以上、時間管理の中での行動計画など、優先順位と劣後順位に付いて2つの言葉を紹介させて頂きました。

そして、最後に更に2つの言葉を紹介して締め括ります。

「成果をあげる人とあげない人の差は才能ではない。

いくつかの習慣的な姿勢と基礎的な方法を身につけているかどうかの問題である。」

この言葉は、佐藤等さんが著書の冒頭に紹介されているドラッカー教授の言葉です。

佐藤等さんが、何の為に、この書を編纂されたか明確に分る言葉です。

そして、次のドラッカー教授の有名な言葉を紹介されています。

「私が13歳の時、宗教の先生が「何によって憶えられたいかね」ときいた。

 今日でも私は、いつもこの問い「何によって憶えられたいかね」を自らに問いかけている。

 これは、自己刷新を促す問いである。自分を若干違う人間として、しかしなりうる人間としてみるよう仕向けてくれる問いである。」

この宗教の先生フリーグラー牧師は、

「答えられると思って聞いたわけではない。でも50歳になっても答えられなければ、人生を無駄に過ごしたことになるよ。」と後に続けられたそうです。

どうすれば「憶えられる」のでしょうか。

第一に、人とは違う何かをもつこと。違いを生みだすこと。

第二に、違いを生む出すために、日々実践して成果をあげ続けること。

    人は成果を出している人を記憶にとどめるのです。

第三に、人は他人に影響を与えることで初めて憶えられます。

    「あの人のおかげ」というとき、長く記憶にとどめられるのです。

とあります。ドラッカー教授がこの宗教の先生の話を聞いた時は、まだ人生50年という時代たったかもしれませんが、私も後2年ほどで50歳になります。

その50歳になる迄に、この「何によって憶えられたいかね?」の答え明確に出している筈です。

いや、今年中に皆様にも披露したいと思っております。

著書 「実践するドラッカー思考編」に続き、「実践するドラッカー行動編」も発売されています。

「何によって憶えられたいかね?」の答え明確に出し、ドラッカー教授の実践教義が凝縮された佐藤等さんの2冊の著書を活用し、その大きな成果をあげ、社会に大きく役に立ち、貢献できる人間になる為に、習慣的な姿勢と基礎的な方法を身につけて参ります。

皆さまの御指導も賜りたく宜しくお願い致します。

本日も、最後までお読み頂きありがとうございます。

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