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2011年2月28日 (月)

第2回姫路城駅伝大会開催の号砲なる & 姫路城の歴史(27)

平成23年2月27日(日)姫路城駅伝大会が開催され、姫路市の石見市長のピストルの号砲で午前9時ジャストに107チームが姫路城三の丸広場を一斉にスタートしました。

この大会は、姫路商工会議所・青年部のメンバー達の

『姫路城マラソン大会開催開催実現を目指す熱い思い』により開催されたもので今回で2回目となります。

今回は107チームで、1チーム5人、合計540名近いランナーが健脚を競い、そして、参加者の個人個人のランニグスピリットを楽しめた素晴らしい大会とり、主催者の一人として、参加者と主催者が一体となって楽しく大会を盛り上げている最高のイベントになったと感じています。

また、開会式に日は、姫路市の経済を支え代表する姫路商工会議所の三宅知行会頭様と、姫路の行政を代表する姫路市長石見様にご挨拶を頂き、経済会と行政一体となり、そして、姫路城マラソン大会開催を実現しようとする熱い思いを持つ市民やランナー達を集め姫路城フルマラソン大会開催への機運を盛り上げることが出来たと実感しています。

大会開催においては、姫路城の敷地にある 白鷺中学のブラスバンドの皆さんが開会式から閉会式までの3時間以上に渡り、素晴らしい演奏により大会を大いに盛り上げてくれました。

演奏もさることながら、若いエネルギッシュな美人先生の熱意とブラスバンド部のみなさんのキラキラ光る瞳に多くの方々が感動を覚えられたと思います。


また、素晴らしいゲストにもお越し頂きました。

世界の三村仁司様と元オリンピック選手の市川良子様です。

そして、三村様からは、マラソンランナーの憧れともいえる、大会参加者へミムラボシューズのプレゼントを頂いたり、市川良子さんには、1区で走者として走って頂き素敵な花を添えて頂きました。

三村様は皆さまも良くご存知の通りアシックス時代には、オリンピックマラソンの金メダリスト高橋尚子さんや野口みずきさん、そして、大リーガーイチロウなどなど世界トップアスリートの靴を作り続け、一流のプロ選手活動を大切な靴で支えてこられました。

そして、現在は、高砂市で独立して ㈱ミムラボを開業されアディダスジャパンの専属アドバイザーになり活躍されています。最近では、サッカーアジア大会優勝に大いに貢献した新世代の10番・香川真司さんの靴を作られ大きな話題になりました。

市川良子さんは、山口県光市出身の日本を代表する女子陸上長距離のランナーで、中学3年生時に当時の800m中学新記録を樹立、ジュニア時代から活躍をされ、日本選手権だけでも計4回の優勝経験を持たれ、多くの大会で大活躍されています。

そして、5000mでは1996年アトランタオリンピック・2000年シドニーオリンピックに2大会連続出場を果たされています。現在は、結婚をされ姫路にお住みになり後進の御指導にあたられています。

今朝28日の神戸新聞の地域ニュースにも大きく取り上げられています。

見出し三行を紹介させて頂きます。


姫路城下を540人快走

昨年に続き2度目の駅伝大会

15年春のマラソン大会実現へ向け

そして、次に開催結果の公式発表を公表させて頂きます。



(開催結果)

1. 当日の参加チーム数:107チーム

2. 優勝チーム名:姫路自衛隊A(タイム:44分47秒)

  2位チーム名:兵庫アスリート(タイム:45分10秒)

  3位チーム名:姫路自衛隊B(タイム:48分21秒)

3. 区間最速タイム:1区):コース距離 3.0キロメートル

  9分21秒(氏名:佐能芳博、所属チーム:姫路自衛隊A、年齢29歳、男性)

              

2区~5区):コース距離 2.7キロメートル

  8分6秒

  (氏名:黒田和希、所属チーム:兵庫アスリート、年齢20歳、男性)

4. 参加最高年齢者:70歳 2名(男性1名、女性1名)

5. 参加最少年齢者:20歳 19名 (内訳:男性14名、女性5名)

※姫路市外からは岡山県、神戸市、加古川市、明石市、太子町、播磨町から13チームが参加されました。

以上、姫路城駅伝大会について紹介させて頂きました。



* * * 姫路城の歴史(27) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

27回目は、  姫路城の歴史 中濠跡をぶ~らぶら『 下を向いて歩こう 』をお届けします。

姫路の町中には、中之門跡の南の歩道上に黒い「鉄平石(てっぺいせき)」が張ってあるところがありますが、これは発掘調査の際、石垣が出土した場所を示したものです。

中之門跡の「鉄平石」を辿ると、中之門の西側の石垣は、今よりも3メートル程南に築かれていたことがわかります。またこの門の東側では、「鉄平石」は南に張り出した外門の部分しかなく、ここでは今日と同じ場所に石垣が積まれていたことがわかり、現存する中之門の石垣は、復元図における最も東の石垣だと考えられています。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶら P22 から

   中濠跡をぶ~らぶら『 下を向いて歩こう 』

   を紹介させて頂きました



本日、2月最後の日、朝4時に目覚めた時、大きな雨音が聞こえてきました。

今月走行距離目標の250kmまであと数キロを残しているので、迷わず着替えて家を出ると、いつの間にか雨は小康状態になっており、走っていると雨は止んでくれました。

帰ってシャワーを浴びていると、また大きな雨音が聞こえて来て、只々手を合わせ感謝から始まった一日です。

最後までお読み頂きありがとうございます。


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2011年2月21日 (月)

ブドウちゃん頑張れ!! & 姫路城の歴史(26)

 姫路市民のほとんどの方がご存知のブドウちゃん

姫路のみゆき通りの「たまちゃん街の駅」前で似顔絵を描き続けるブドウちゃんの活動が、神戸新聞 平成23218()の朝刊の記事で紹介されました。

ブドウちゃんとは、たまちゃん街の駅で色々とお世話になるうちに親しくなり、いつの間にか私のランニング仲間にもなってくれています。

 先月123日朝6時に集合し、姫路城から夢前町山之内迄の往復51kmを一緒に走ったうちの一人が実は、ブドウちゃんです。

ブドウちゃんは、下記の神戸新聞の記事の中で紹介されている似顔絵を描くイラストレーターの活動以外にも、姫路をはじめ、地元播磨地域を盛り上げる為に、大きなイベントの企画やプロデュースを手掛けたり、自らも音楽や色々なイベントを開催されているとのことです。

 

 この度、神戸新聞でブドウちゃんの活動が紹介された事を契機に、私もブドウちゃんの活動を盛り上げていきたいと思います。

 私としては、ブドウちゃんには、路上詩人として有名なてんつくマンを超えるビック・ガイになってもらい、私たちの播州は姫路から、この世を元気にする大きな旋風を巻き起こしてもらいたいと熱望しています。

本日221日まで中井三成堂で開催されている個展にも是非足を運び、似顔絵を描いてもらいましょう。


以下、神戸新聞の記事全文です。



「イラストレーター河嶋さん 似顔絵3333枚達成


 1万人を目標に似顔絵を描くイラストレーター河嶋直彦(36)=姫路市保城=の作品が3333人分に達したことを記念する個展が、同市二階町の中井三成堂画廊で開かれている。

作品をカード大にして並べ、2年半の歩みを紹介する。21日まで。

 河嶋さんは、24歳で吉本興業のタレント養成所に入り、お笑い芸人に。「ブドウちゃん」の名で2001年にイラストレーターを始め、芸能活動を辞めた後の088月から1万枚の似顔絵に挑戦している。

 姫路・みゆき通りの物産展「たまちゃん街の駅」前で毎日、客と対話しながらペンを振るう。

描いた94歳の女性の遺族が「遺影にしました」と訪ねてきたり、相手の記憶を聞き取って人捜し用の顔を描いたりと、さまざまな出会いがあったという。

 個展は昨年1月の2千枚記念に続き2回目。スキャナーで取り込んだ似顔絵をカード大に印刷し、出品した。「描いていると元気をもらえる。そんな顔を皆も探してほしい」と河嶋さん。


午前10時~午後7時、無料。

中井三成堂画廊(℡079-282-1575)                     山岸洋介記者

関連サイト

ブドウちゃんブログ:  http://ameblo.jp/budou-chan/

姫路経済新聞:http://himeji.keizai.biz/headline/378/

 


* * * 姫路城の歴史(26) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *


姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

26回目は、  姫路城の歴史 中濠跡をぶ~らぶら『中曲輪の大手門「中之門」』をお届けします。

 かつて「中之門筋」の突き当たりには「中之門」と呼ばれる城門がありました。

この「中之門」は、姫路城の中曲輪南面に設けられた5つの門の中央にある事からこの名があり、江戸時代初期の榊原絵図には「大手門」と記されています。

 この「中之門」は、濠に面した幅2メートル程の小さな高麗門と、幅16メートル程もある巨大な櫓門(やぐらもん)からなる「枡形(ますがた)門」と呼ばれる究極の虎口で、さらに「櫓門」の脇には単層の「櫓」が門前の「土橋」を渡る敵を待ち受けていました。残念ながら「中之門」の石垣は、中濠の埋め立ての際に壊され、今はその一部を残すのみですが、その石垣の高さからも、この城門が「大手門」の名に相応しいほど巨大なものであったことが想像できるでしょう。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶら P22 から

    中濠跡をぶ~らぶら『中曲輪の大手門「中之門」』
    を紹介させて頂きました。



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2011年2月14日 (月)

“第1回高砂浜風駅伝 と 雲雀の初鳴き” & 姫路城の歴史(25)

平成23212() に第1回高砂浜風駅伝に参加し快走してきました。

 この高砂浜風駅伝大会は、高砂市、高砂商工会議所、や高砂市で企業活動を行う日本の名立たる企業が主催し、高砂市の新しい工業地帯である海浜地区荒井町新浜に周回コースを作り、小雪(小雨)がちらつく中、225チームを集めて盛大に開催されました。

 参加募集は公募を行わず、市役所や商工会議所、そして関連企業からの限定申し込み方式を取られていた様です。もともと何年も前から子供マラソン大会を開催されていましたが、マラソンブームの機運の高まりの中で、街の活性化の為に、今回初めて駅伝大会を開催し、これから色々な形で拡大されていかれると思われます。今回の企画運営も素晴らしく、大いに発展することを期待しています。

 今回の駅伝は、1チームの走者は6名で、1区が3.93km2区から6区迄が2.9㎞の 総距離18.43㎞で健脚を競います。

 私は、姫路商工会議所青年部の勇者?として参加し、花の1区を走らせて頂きました。

最近の断酒をはじめとする節制や、トレーニングのお陰で気持ちよく快走できました。

大会終了後記録表を受け取ることなく、直ぐに帰った為正確な順位は解りませんが、チームとしては多分30位台の前半の様です。平均年齢46歳弱のチームとしては大いに奮闘したと思います。

記録が入手出来次第、このブログに正確な順位やタイムを発表し、記録として残したいと思っています。

今回高砂駅伝に商工会議所青年部として参加させて頂いたのは、227()に開催する第2回姫路城駅伝大会のための勉強の為でもあります。    

http://yume.tloem.jp/

姫路城駅伝大会は、私の所属し活動する姫路商工会議所・青年部が主催して開催させて頂きます。

目的は、姫路市に、そして、姫路城を見ながら走れる大きなフルマラソン大会を開催したいが為であります。

昨年第1回を開催した時に、神戸新聞などで大きく取り上げられ、市議会でもフルマラソン大会開催への動きも始まり、姫路市市長も商工会議所青年部との懇談会ではフルマラソン大会開催に向けた熱い意気込みを述べらえており、これからどんどん盛り上げていきたいと考えております。

マラソン好きな方々は、良くご存知かと思いますが、大阪マラソン2011開催日平成231030()のエントリーが215()にスタートします。申し込みサイトを載せておきます。

http://www.osaka-marathon.com/2011/

*雲雀の初鳴き

昨日13日は少し早目の朝4時半に起床し、御津町の海岸筋や、梅で有名な綾部山梅林の回りなどを約20km走りました。

空が漸く明るくなりだした6時過ぎに、苅屋の広い農耕地帯に差し掛かった時に、一羽の雲雀の声が何処からともなく聞こえてきました。気温はかなり冷え込んでいましたが、春はそこまでやってきているのですね。

そう思って回りもみていると、紅梅が蕾を開き、奇麗な花を咲かせていました。

たつの市の綾部山梅林は、2月11日からオープンしています。

http://www.ayabeyama.jp/

* * * 姫路城の歴史(25) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

25回目は、  姫路城の歴史 『姫路城はいつできたのか?』をお届けします。

 姫路城がいつできたかという事について、これまでは1346(貞和2)(じょうわ)、赤松則村(円心)の次男・赤松貞範が築城したのが姫路城の始まりと伝えられてきました。しかし近年では、1555(天文24)以前に姫山に城はなかったという説も唱えらえています。

 確かな文献による最も古い姫路城の記録は、1561(永禄4)のもので、この時の城主は豊臣秀吉の軍氏として名高い黒田官兵衛孝高(よしたか)の祖父・黒田重隆で、伝承によれば、重隆とその子・職高(もとたか)は、この年「古の城地の傍らに新城を築いた」とあります。しかし、この頃の姫路城は姫路東部にあった御着城の支城であり、城というよりは砦に近いものだったと考えられています。その後、14代姫路城主となった黒田官兵衛は早くから織田信長と結び、1577(天正5)、羽柴秀吉が播磨に下った時には、秀吉を姫路城に招き入れ、ここを本陣とします。秀吉の播磨平定がなった1580(天正8)、官兵衛は秀吉に姫路城を差し出し、ここに城を築き、中国攻めの足掛かりとするように進言します。この進言に基づき、秀吉は15代姫路城主となり、この城を西国で初めてとなる三層の天守を持つ本格的な城へと生まれ変わらせました。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶら P21 から

   『 姫路城はいつできたか? 』を紹介させて頂きました。

以上です。最後までお読み頂きありがとうございます。

     藤橋家homepage   http://www.fujihashiya.com/
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     “たまごや”放映番組~いま、輝いてます~のYou Tubeです。

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2011年2月 7日 (月)

致知出版社 新春特別講演会“人間力を高める”&姫路城の歴史(24)

平成23129() 致知出版社の新春特別講演会『人間力を高める』に参加してきました。

全国から東京プリンスホテルの鳳凰の間に、1,300人の致知愛読者が集まり熱気で包まれました。

講演会は1230分から始まり、5時間以上に渡り、下記のプログラムで行われました。

伊興田覺先生(論語普及会学監)「『大学』に学ぶ大人への道」

中條高徳先生(アサヒビール名誉顧問)「志高く生きる」

藤尾秀昭社長(致知出版社代表取締役)「先達に学ぶ」

本日のおたまはん日和では、上記プログラムの中から、中條高徳先生の「志高く生きる」の講演のなかで、中條氏が指導教育されている若者達からの二つの発表があり、その発表内容を簡単にご紹介したいと思います。

中條氏が指導される勉学会で、若者達が自主的にテーマを決めて研究し発表した内容を、この新春特別講演会でも発表をしてくれたのです。発表は二つあります。

一つ目は、ベネチア共和国は、何故滅びたのかと言う事です。

ベネチア共和国は、貴族による世襲政治と商業を行い、大きな経済的な発展を遂げますが、その豊かさゆえに挑戦をしない国となり滅びたと言われています。

若者達が研究して、そのベネチア共和国が滅びた理由として次の3つを上げています。

夢、志を失った為。

平穏の生活を希望するようになった為。

変化に対する対応力がなくなったため。

二つ目の発表は、これも同様に、カルタゴ(:チュニジア)の滅びた理由です。

カルタゴは、現在のチュニジア共和国の首都チェニスに程近いところで、紀元前9世紀頃から、紀元前2世紀まで大きく繁栄した古代都市国家です。

最終的に3回に渡るローマ帝国とのポエニ戦争に破れ抹殺されます。

2回のポエニ戦争で敗れたカルタゴは、ローマ帝国から本土以外の領土を剥奪され、そして、自国の強力な軍隊を持つ事を禁止されます。その後奇跡的に経済繁栄を遂げますが、回りの国から侵略されだし、最後には、第3回ポエニ戦争でローマ帝国に破れます。ローマ人はカルタゴ人の優秀さと、復活して復讐される事を怖れ、その国民全てを虐殺するか奴隷にし、港町を焼き、都市を完全に破壊します。そして、カルタゴの土地には雑草一本すら生えることを許さないと言う意味で塩が撒かれます。

このカルタゴが滅びた理由も次の通り、ベネチアと同じであるとの発表が有りました。

夢を失った民族となった為。

価値の全てを物に捉われて、心の価値を見失った為。

自国の歴史と誇りと、愛国心を失った為。

ローマ帝国は、第2回ポエニ戦争で軍事力を取り上げ、経済的な発展はさせるが、カルタゴを戦えない国にしてしまったのです。

ローマ帝国のこのカルタゴ征服の事をカルタゴの平和と言うのだそうですが、第2次大戦で敗れた我が国 日本 と、アメリカとをだぶらせてこの話を読まれた方も少なくないのではないでしょうか。

実際に、アメリカは、2つ原爆を落とし、長崎ではこの地にニ度と草も木も生えないと言われるぐらいに破壊をした後、カルタゴの様に抹殺することが出来ないため、日本の国民の精神を骨抜きにする為に「ワー・ギルト・インフォメーション・プログラム」と呼ぶ綿密な政策を断行した事は、アメリカも認める処です。

この講演を聞いた翌朝、朝食時に、歴史が大好きな5年生になる息子に質問しました。

父 :「カルタゴは、何故 ローマ帝国に滅ぼされたか知ってるか?」

子 :「陸軍が弱かったから。」

即答された事に、内心驚きながら更に質問しました。

父 :「それだけの理由で滅ばされたんか?」

子 :「ううん。愛国心をうしなったから。」

平然と、愛国心を失ったからと答える息子に驚きながらも、私は続けました。

父 :「第2次大戦後の、日本とアメリカと良く似てへんか?」

子 :「・・・」 と黙って何かを考えているようでした。

若者の発表から、自国の歴史をもっと学ばねばならぬと強く感じ、我が国の現代史を学ぼうと決意しております。


中條氏の話で先ず、強く訴えられたのが、
『世の中を救うのは、躾である。』

『自国の歴史を失った民族は、滅びる。』と言う事です。

自国の歴史の勉強を、学校の授業科目で、選択制にしているのは、日本しかないのだそうです。

当り前の事を気付かされ、我が国の教育制度を改めねばならないとも強く感じます。

中條氏のお話は、改めていつの日か詳しくご紹介させて頂きたいと思います。

先ずは、自らのから始めたいと思います。


* * * 姫路城の歴史(24) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

24回目は、  姫路城の歴史 中濠跡をぶ~らぶら『三木美術館』をお届けします。

大手前通りと国道2号線の交差点にある 三木美術館 は、美樹工業㈱代表者三木茂克氏のコレクションを集めた美術館で、小山敬三氏の「白鷺城」や、姫路焼とも呼ばれる「東山焼」を始め、平山郁夫や東山魁夷などの日本画を含む、洋画、工芸品等 1,000点が所蔵され、そのうち約60作品が展示されています。また一階には喫茶店、階上には姫路城の見えるイタリアンレストランなどがあります。

・開館時間:10時~18(入館は1730分まで)

・休館日 :火曜日(祝日又は休日に当たる場合は開館し、翌日休館)

・観覧料 :大人600円 大高生400円 小学生100

・問合せ :「三木美術館」電話079-284-8413

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶら P21 から

     中濠跡をぶ~らぶら『三木美術館』を紹介させて頂きました。


最後まで、お読み頂きありがとうございます。

    *藤橋家homepage   http://www.fujihashiya.com/

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    *姫路ケーブルテレビWINK

     “たまごや”放映番組~いま、輝いてます~のYou Tubeです。

     http://www.youtube.com/watch?v=GJ15H13ZaRw

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