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2011年4月25日 (月)

生まれて初めてぎっくり腰 & 姫路城の歴史(35)

生まれて初めてぎっくり腰になりました。

22日の朝、ランニングの後、約100kgのダンベルを肩にかかえてスクワットをしようとした時、衝撃が走りました。時間の経過とともに痛みが強くなり、不自由な生活を強いられています。

しかしながら何事も経験で、今まで本当に健康で何不自由ない生活をさせて頂いている者にとって、人様の痛みを少しでも教えて頂ける絶好の機会と感謝し、回りの皆さんに甘えながら治療に専念しています。

また、中村天風哲人の教えからすると、何事も原因あっての結果で、俗にいう蒔かぬ種には花は咲かないのと同様のことで、このぎっくり腰の原因も自分なりに何故なったのかを良く理解し、これからの生活や、体のトレーニングに活かしていかねばならないと反省しています。

ぎっくり腰になった翌日に整骨院に行き、電気マッサージや体を見てもらいましが、腰や背中、そして、全身の筋肉に疲労がたまり、かなり硬くなっていた様です。

インターネットでぎっくり腰を調べてみると、次のサイトが直ぐに見つかりました。

ぎっくり腰についての、原因、メカニズム、対処方法や治療方法等について詳しく、わかり易く解説されています。興味のある方は、是非ご覧ください。

 

【ぎっくり腰ガイド】 http://www.ark-lh.com/ 

このサイトから、解説の文章を抜粋して紹介させて頂きます。

「医師に相談し、なぜ自分がぎっくり腰になったのかをしっかり

 理解することが重要です。

 その原因をはっきりさせることがとても重要なのです。

 そして自分なりの改善策を見つけ再発を防ぎましょう。」


「ぎっくり腰を経験している人はその原因を自分で分析してみましょう。

 重い物を持ったからぎっくり腰になったわけではないことが分かる

 かもしれません。

 ただくしゃみをしただけで!!という場合も多いのです。」

「ただし、きっかけは大した事がないとしても、そもそも腰に凝りや

 違和感があったり、腰痛を持っていたなどの前兆のような症状を感

 じていたという場合も多いのです。

 疲労が溜まったりストレスによってぎっくり腰になることもとても

 多いですので、こうした違和感を感じた時は意識的に腰を休めるよ

 うにしましょう。」

この機会を感謝の気持ちで捉え、原因あっての結果であることを反省し、天風教義の生命の生存確保の方法についての言葉を肝に銘じ、日々天風哲人の心身統一法を実践していこうと思っています。

『何事もいわゆる論より証拠のたとえの通り、翻然としてこの点を反省し

 生命の生存確保の方法を正しく実行することで、即座に宇宙エネルギー

 の受入体制が期せずして用意されることになるがために、自然と生命活

 力が充実してきて、健康のごときはもちろん、運命関係も、まるで

 馬空を行くがごとくに、極めて有意義に、感謝以上のの現実復元をす

 るのである。』

 

 

* * * 姫路城の歴史(35) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

35回目は、  姫路城の歴史 『 姫路の歴代城主は? 』をお届けします。

姫路城の城主は、史実とは認められていない赤松貞範(さだのり)から八代道慶(やしろどうけい)までを含めると、1348人を数えます。この48人の中でもよく登場するのは、現在の天守を築いた18代城主・池田輝政、そして後に太閤となり豊臣秀吉と名乗る15代城主・羽柴秀吉、さらに豊臣秀吉の名軍師として有名な14代城主・黒田官兵衛孝高、そして千姫の義父となる21代城主・本多忠政の4人です。

1617(元和3)に池田家が姫路を去った後、徳川家の親藩か譜代大名の中でも信任の厚い本多家、榊原家が、かわるがわる姫路城主を務めます。これは姫路が西国街道の要衝であるために、幼い城主に任せられなかったからで、1749(寛政2)以降は、譜代大名である酒井家が幕末まで替わることなく城主を務めます。

姫路城の歴代城主と簡単な時代背景がかれた次のサイトを宜しければ参考にご覧下さい。

初代赤松貞範から全48人の名前が紹介されています。

http://nagata.kanagata.net/Harima_Shiseki/Himejijyo_02_01.html

次のサイトは、姫路市の公式ホームページで18代池田輝政から紹介されています。

http://www.city.himeji.lg.jp/guide/castle/master.html

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶら P27 から

     『 姫路の歴代城主は? 』を紹介させて頂きました。

 

最後までお読み頂きありがとうございます。

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2011年4月18日 (月)

マラソンで広がる友達の“和”と“輪” & 姫路城の歴史(34)

昨日平成23417日に開催された第6回宍粟市さつきマラソン大会で、ハーフマラソン21.0975kmを気持ち良く走ってきました。市町村大合併以前からすると通算で第33回目となる歴史ある大会です。

このさつきマラソン大会についての詳細は、昨年の419日のこのおたまはん日和で紹介させて頂いていますので、この度は省略させて頂きます。

この度は、東日本で大きな災害がいまだ続く中で、大会開催について、内外から色々な意見もあったと思います、大会主催者である宍粟市教育委員会と体育協会様の、開催決定の英断を高く評価すると共に感謝の意を表したいと存じます。

日本を復興させるためには、自粛ではなく、空元気でも良いから満面の笑顔で、明るく力強く進んで行く意志を持つことが必要であると信じています。

 昨日の私の記録は、1時間3511秒でした。このタイムは、この20年の中で、私の最高タイムだと思います。最近2ヶ月の練習量は、2月、3月とも250kmを超え、体調を整える為に、お酒を控え、食事も少しダイエット気味にして体重も何とか低めにコントロールしているお陰で軽快に走ることが出来ました。少し大袈裟ですが、オリンピック金メダリストの野口みずきさんの言葉、「走った距離は、嘘つかない。」の言葉を思い出し、日々のトレーニングを楽しく継続していくと密かに決意しています。

今回の大会は、私の所属する姫路商工会議所青年部や、ランニング愛好会ラビトルズの友達が沢山参加され、走るだけでなく楽しい親睦会もあり、美しい春の日よりを満喫させて頂きました。

 ライバルとも言えるY.S.という友人が出現し、一緒にマラソン大会に参加すると、いつの間にか楽しく競い合う様になりました。フルマラソンの記録では、彼の最高タイムより私が数十秒負けていますが、昨日は15km地点で私が彼を追い抜き、最終的にも少しの差で私が先にゴールを駆け抜けました。

この友達とは今年9月に開催される丹後100kmウルトラマラソンにも一緒に参加する予定です。

マラソンは個人競技ですが、友達と共に走れるからこそ、マラソンを楽しく続けられることができ、また、日頃のトレーニングにも力が入るのだと実感しています。

そして、マラソンを通して広がる、友達のが、私の人生をもっともっと豊かにしてくれるんだと思うと、走り続けることに嬉しく新たな意欲が芽生えて来ています。

今年は9月のウルトラマラソンの前に、このゴールデンウィークに、富士五胡チャレンジ112kmウルトラマラソンにも参加する予定です。この大会の後にも、このマラソンで広がる友達のについて、更に考えてみようと予定しています。

 

* * * 姫路城の歴史(34) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

 

姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

34回目は、 姫路城の歴史 中曲輪をぶ~らぶら『 輝政が見せたかった風景? 』をお届けします。

「家老屋敷跡公園」の東にある広い通りは、江戸時代の大手筋「桜門筋」を再現したもので、他の道よりも格段に広く造られており、今までちらちらとしかみえなかった城が、この通りに出た途端、その全容を現すのです。つまり、ここからの姫路城の眺めこそ、池田輝政の見せたかった姫路城の姿だったのでないでしょうか。そして、その姿は姫路城に仇なそうとする者には「鬼」、城下に暮らす領民たちには「菩薩」に見えていたのかもしれません。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶらP27 から

        中曲輪をぶ~らぶら『 輝政が見せたかった風景?』

をお届けしました。

 

最後までお読み頂きありがとうございます。

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2011年4月11日 (月)

先ず隗(かい)より始めよ & 姫路城の歴史(33)

本日4月11日 東日本大震災から今日で1ヶ月が経ちます。

日本が大きな国難の中にあり、多くの国民は、自分達はどうすれば良いのか、何をすれば良いのか、どう生きればよいのかと思い煩っているのではないでしょうか。

こんな状況の中で、明確な生き方を示してくれるのが中村天風哲人の教えだと思います。

私は、先週4月9日()神戸で開催された 天風会の講演会に参加し天風教義を学んできました。

天風哲学の勉強は、東京護国寺の天風会館だけでなく、神戸や明石、そして、全国各地で開催されています。是非、お近くの賛助会に問合せて講演会等に参加されることをお勧め致します。

http://www.tempukai.or.jp/web/top.html

本日は、天風哲人の著書「真理のひびき」(11)より天風哲人の言葉を抜粋して、活きる上での根本的な考え方を学びなおし、今日の生活に活かせて行きたいと思います。

・多く言うまでもなく、およそ事物の判断に感情が混入すれば、勢い公平な結論を出すことを妨げるということは、何人といえども冷静虚心の場合には考察できることである。

・要約すれば個人個人の人生生活が、あまりにも平素、感情重点主義で行われているということが、その大きい要素をなしているといえる。

天風哲人がこの様に説かれているとおり、常日頃の生活を見直すと、感情的に活きることが、当然当たり前の様に行われているのでないかと反省します。

天風哲人は、

 もし平和の世界を作為せんと欲するものは、事物の判断に感情を混入

 せず、お互いに克己し、お互いに自制し、お互いに相譲り、相敬い、

 相愛し、相たのしみ、相導き、相助け合う、 という完全の美

 しい気持ちが、各個々人の生活に持たれているという

 ことが、何よりの先決条項である。

 感情重点主義の人には、これらのどれもがいつも公平に実行できない

 憾みがある。

                        と説かれています。

 

天風哲人が引用される中国の故事「請う先ず隗より始めよ」のたとえの通り、

 真の世界平和建設の主要素は、いうまでもなくすべての個人個人の生

 をまず真の平和境とすることに努力すべきである。

 按ずるに、これぞまことに久却の昔より永遠の将来まで、明らかに一貫

 する世界平和建設の絶対真理なりと、断固として確信するものである。

   争うこと先立つことなかれ

          和すること後るることなかれ

もう一度繰り返し反復します。

感情主義の生活から脱し、お互いに克己し、お互いに自制し、お互いに相譲り、相敬い、相愛し、相たのしみ、相導き、相助け合う、 という完全の美しい気持ちで生きることが、この混迷の時にこそ大切であると肝に銘じ、明るく、元気に、活き活きと、笑顔で生き抜きましょう。

注)請う先ず隗より始めよ = 遠大なことをなす時は、まず卑近なことから始めよ。

 

 

* * * 姫路城の歴史(33) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

33回目は、  姫路城の歴史   ちょっと寄り道『播磨国総社「射楯兵主神社」』をお届けします。

「家老屋敷跡公園」から東に5分程行くと、「播磨国総社(はりまのくにそうじゃ)」があります。

「播磨国総社」の正式名は「射楯兵主(いたてひょうず)神社」といい、564(欽明25)、飾磨郡伊和里水尾山に大己貴命(おおなむちのみこと)(伊和大神)を祭ったのが始まりとされています。

そして786(延暦5)、姫路城の東にある梛本(なぎもと)の地に遷り、1181(養和元)に播磨国16174座の大小明神が合祀され、「播磨国総社」となりました。

その後も「射楯兵主神社」は、歴代の国司や守護職の崇敬を集めますが、羽柴秀吉の城下町建設に伴い、「播磨国衙(こくが)」の地と伝わる現在の場所に遷(うつ)ります。

 しかし、太平洋戦争で罹災し、本殿や末社のみならず宮本武蔵が奉納した「相撲図」や源義経の書状など多くの宝物を失いました。それでも「射楯兵主神社」には、1506年(永正3)に播磨守護職・赤松義村が奉納した梵鐘や1599(慶長4)、豊臣秀吉の甥・木下延俊(のぶかつ)が奉納した石灯籠、1652年(慶安5)に姫路城主・榊原忠次が奉納した石鳥居など貴重な宝物が今もなお残っています。

 

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶら P26 から

    ちょっと寄り道『播磨国総社「射楯兵主神社」』

を紹介させて頂きました。

 

最後までお読み頂きありがとうございます。

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2011年4月 4日 (月)

天空の白鷺オープン & 姫路城の歴史(32)

姫路城大天守修理見学施設天空の白鷺が、平成23年3月26日(土)にオープンしました。

この施設の 謳い文句は 次の通りです。

 

四百年の時を超えよみがえる「姫路城大天守修理」の全容公開。

世界文化遺産修理の常時公開は日本初!

 

ということで、この天空の白鷺は、事前予約がないと見学出来ない事になっていました。

その予約も受け付け開始から瞬く間に一杯になりましたが、その後キャンセルが出た結果、現在、当日でも見学できる可能性がかなり高い様です。

また、良く良く御認識頂きたいのは、

天空の白鷺に登れなくても、姫路城は3階まで、そして、西の丸などは常時見学できます。

天空の白鷺は26日のオープン以来、予約無しの当日見学の方には、毎朝開館の9時15分に先ず第1回の整理券を配布して、事前予約の方を優先して、絶えず見学が出来ている様です。

一日の見学者の最大人数を2500名程度として、一時間毎に約410名ずつの方が順次エレベーターで施設の頂上に上がれます。

当日見学の整理券配布は、予約の方で込み合っている時は、

9時15分、9時50分、10時50分、11時50分、12時50分、13時50分、14時50分と

開館時以外は、毎時間50分に配布を行い、例えば10時50分の整理券であれば、11時から12時の間

天空の白鷺の見学が出来るのです。

予約の方の数は、一時間当たり、410名を超えてしまうようであれば、整理券の配布も次の1時間後の○○時50分に引き伸ばされていくようです。

昨日4月3日()は、桜の花を期待した方も多く来場され、一時は1時間以上の待ち時間が出ましたが、見学希望の方はみなさま見学できたようです。

しかしながら、これから桜も開花し出し、お花見の方も増えるので

事前に予約をお取りなるのが確実です。

事前予約は、5日前迄にこのサイトから  http://himejijo-syuri.jp

若しくは、電話:079-287-2013 にお問い合わせください。

 

そして、当日訪問して天空の白鷺に登りたいけど、状況はどうなっているか問い合わせたい方は、姫路城管理事務所へお電話して確認ください。

電話番号: 079-285-1146 (いいしろ)

当日の見学ができるかのか、また、待ち時間はどれ位あるのか教えてくれるはずです。

 

 

* * * 姫路城の歴史(32) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

32回目は、姫路城の歴史 中曲輪をぶ~らぶら『 播磨国総社への参道「大明神筋」 』をお届けします。

 「家老屋敷跡公園」の南にある通りには、江戸時代には「大明神筋」といわれた街路を復元したものです。この「大明神」とは播磨国の総社である「射楯兵主(いたてひょうず)神社」のことで、この通りはこの神社へ向かう参道でした。またこの辺りは江戸時代、「大名町」と呼ばれましたが、この名もこの「大明神」に由来するものといわれています。

 

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶらP25 から

    中曲輪をぶ~らぶら『 播磨国総社への参道「大明神筋」 』

を紹介させて頂きました。

 

以上です。最後までお読み頂きありがとうございます。

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