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2011年5月30日 (月)

 「この国の行方」 & 姫路城の歴史(40)

今日は、人間学を学ぶ月刊誌「致知」5月号から中條高徳氏の巻頭の言葉と 櫻井よしこ氏の特別講話「この国の行方」日本が新たな地平を拓くために という二つの文章を読み直し、戦後に我国の憲法が作られた過程を通して「この国の行方」を考えてみたいと思います。

占領軍であるGHQ(連合国総司令部)による我が国の憲法作りは巧妙を極めたと中條氏は述べています。戦時国際法である陸戦法規四十三条に、勝者が被占領地に到達した時、その国の法律をみだりに変えてはならないと立法されています。その為に、GHQは日本側に憲法作りのために「7人委員会(松本烝治委員長)」を組織させて、憲法の素案を作らせます。そして、GHQは、その「7人委員会」の作った素案を直ちにキャンセルします。日本人にも憲法作りに関与させてたという表向きのプロセスだけが必要だったのでしょう。その後、GHQはその要員であるケーディス大佐を中心とする24名により、6日間で日本憲法をつくり、先の陸戦法規四十三条をクリアする為にマッカーサー元帥はケーディス案を国会にかけろと幣原(しではら)首相に迫りました。

しかもこの過程や経緯を一切国民に知らせてはならないと報道管理を命じているのです。

日本はそのGHQの占領下にあり、国会もまた言論の自由が全くなかった事を忘れてはなりません。

憲法の前文を心して読んで頂きたい。と中條氏は憲法前文を掲載されています。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」

美しい言葉の羅列により、あたかも理想的な国の態度が記されているかの様な印象を受けますが、これでは我が国の安全と生存は他国の手にゆだねられることになります。そんな甘いものではない。

「この様な自らの国を自らの手で護る自覚のない民族が、国家が、尖閣の中国や北方四島のロシア と対等に渡り合って行けるはずがない。」と、中條氏は断じています。

次に、今年の224日に開催された櫻井よしこ氏の講演の特別講話からの話を紹介させて頂きます。

 1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、約7年間弱の占領下から日本は主権を回復して独立しました。我が国の戦後の歩みを見ますと、他のどの国とも違う特色があります。

それは必ずしもいい特色ではありません。自国を守るのにアメリカに依存する、外交政策も基本的にアメリカの指示を仰ぐ。日本が主権を回復して59年も経過した今現在もなのです。

 他国との連携は非常に大事です。大事ですが、あくまでも日本国の国民を守り、国土を守ることに於いて他国をあてにすることほど危ういことはありません。

 櫻井よしこ氏は、中国を異形の大国と呼び、中国の人権弾圧や、軍事力の強化と国際法を無視した国家的な中国の侵略行動を紹介しています。特に、中国は、インドをアジア・ユーラシア大陸の最大の敵と考え大変な軍事的な圧力を加えています。海に於いては、インドを取り囲むようにミサイル基地、潜水艦基地、空母の軍港など、十数か所の軍事基地を作っています。

陸地では、インドの北東にチベットから豊かな水が流れてくるインドの水源の州、アルナチャル・プラデッシュという州がありますが、ここを中国が奪おうとして、勝手に自国の領土であると主張し出したそうです。其の住民に「あなたは何人ですか?」と聞けば、百%インド人と答えます。

其れを中国側に伝えると、中国側は、インドもその州の住民も皆間違っていると主張するそうです。

さらに、インドの北西にジャム・カシミールという州がありますが、ここは現在パキスタンが実効支配していますが、インドとパキスタンが長年領土を争ってきたところです。

そもそもパキスタンとインドは同じ国ですから争う理由は解りますが、そこへ何の関係もない中国がこの土地でも 「ここは中国領だ!」 と言いだしたそうです。

パキスタンは、中国の援助によって核兵器を持つ事ができたために、中国側に頭があがらないそうです。また、この地に中国は二十以上のインフラ整備のプロジェクトを発足させ、パキスタンの制止を無視し実行し、労働者と称して人民解放軍を送り込み、プロジェクトが終了した後もその人民解放軍は居座り、中国軍支配が定着しつつあるとインドの人達は危機感を高めています。

 

 また、パキスタンは、中国の援助により核兵器を持つ事ができましたが、この二年間程の間に特に力を入れて核の増産を続け、その結果、今やパキスタンは常任理事国のイギリスを抜いて、世界第五位の核大国になりつつあるそうです。また、中国はパキスタンのみならず、北朝鮮、南アフリカ、リビアにも核技術の供与したとみられています。

 世界的な侵略行為が実際に行われれている状況下で、日本の自衛隊には何ができるのでしょうか?

尖閣諸島のあの中国の暴挙は、ほとんどの方が強く記憶されていることだと思います。

自衛隊が、仮に海上において他国の船籍から攻撃を行動を受けた時には、反撃をする事は許されていますが、犯人を捕まえる時に人的な被害を出してはいけない。犯人に怪我をさせてもいけない事になっているそうです。そんな事をすると帰国して罪に問われかねないのです。

 こういう事ですから、我が国はまともな国ではないのです。こうした自衛隊を生み出した元凶は憲法です。だからこそ憲法を、根本から見直していかなければならないと、櫻井氏は強く主張されています。ただ、憲法改正のためには、「憲法第九十六条第一項に『この憲法の改正は、各議院の総議員の三分のニ以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。』と言う大きな問題であり、大きな壁があります。

1985年、憲法学者の西修先生がアメリカに行き、日本国憲法を起草したアメリカ人十数人を訪ねて、インタビューをしました。そしたらその全員が、「なんだ、日本人はまだあの憲法を使っているのか」と言ったそうです。そして、今紹介した憲法第九十六条第一項については、「そんなの、つくったっけ」と、言われてしまったようです。

この憲法をつくったアメリカ人でさえも忘れている様な、そしてとっくに改正しているだろうと思っていた憲法を、日本人は後生大事に守ってきたのです。

アメリカが憲法を押し付けたと言っても、占領期間は七年間でした。その後五十九年もたっているのです。憲法改正ができていないのは、アメリカの責任ではなく、日本人の責任です。

日本は戦後素晴らし経済発展を遂げましたが、今日本の経済が大変な問題に直面しています。

大きな財政赤字は、減る見込みもなく増え続けています。現在でざっと一千兆円と言われれています。国民一人当たりにすると約八百三十万円になります。

人口減少も大きな問題です。今約一億二千万人の日本の総人口は、2050年には九千万人になると言われています。四十年で三千万人減るということは、一年間で七十五万人、一週間に換算すると約一万五千人が減ることになります。怖ろしい現在進行中の現実なのです。

そして、いま、日本の世の中が混乱しています。そして、311日の東北地方太平洋沖大震災により国家的な大きな危機状態にあり、多くの人がいまのままの日本ではダメだと気づき始めています。

だからこそ憲法改正に向けて踏み出すべきなのです。

櫻井氏は、この憲法第九十六条の議論を世に広めていってほしいと訴えられています。

アメリカは日本を占領するにあたり、日本国民に「戦争贖罪意識」を叩き込むために「ワー・ギルト・インフォメーション・プログラム」と呼ぶ綿密な手を打っていたのです。

その為に、戦後歪な価値教育が施され、自分の国に、そして、自分に誇りと自信を持てない日本人が増えています。これは、私たち日本人の多くが、正しい歴史を知らない為なのでしょう。

今日纏めた、中條氏と櫻井氏の憲法についての話も、私はほとんど知りませんでした。

櫻井よしこ氏は、話の最後に「ぜひ歴史を勉強してほしい。」と言われています。

櫻井氏は、歴史の勉強のために、中條氏の「おじいちゃん、戦争のことを教えて」という著書を推薦されています。

櫻井氏の締めの言葉をそのままご紹介させて頂き、本稿を閉じたいとおもいます。

 若い世代は歴史の真実を驚くほど知りません。これが戦後日本の歪な姿なのです。

ここから抜けだすことが大事です。日本再生を政府に頼っていては、我が国は本当に奈落の底に落ちていくかもしれません。いま、国民がしっかりしなければならないのです。明治維新は下級武士から始まりました。自分の利益で動いたわけではありません。国家のことを思い、日本が日本であり続けるための革命でした。いま、私たちは同じようなことを求められているのだと思います。

 国民一人ひとりが世界の時流を読み、日本の問題点を直視しなければなりません。そして新しい地平を切り拓くにはどうしたらいいのかを真剣に考え、学び、行動していきましょう。其れを私の結論とさせていただきます。  by 櫻井よしこ氏

* * * 姫路城の歴史(40) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

40回目は、  姫路城の歴史 『 お城の基礎知識「 木橋と土橋 」 』をお届けします。

 城の濠に架けられる橋には、「木橋」と「土橋」があり、「木橋」は文字通り架けるものですが、「土橋」の下には空間はなく、橋というよりは石垣や土塁でできた通路でした。現代人は城の橋を全部「木橋」にしておき、いざとなったらこの木橋を落としてしまえば敵は攻め込めないと思いがちですが、もしそんな事をすれば城兵は逆に袋の鼠となってしまいます。そのため「大手口」を木橋とするなら「搦(からめ)手口」は土橋、「搦手口」を木橋とするなら「大手口」は土橋として、逃げ道を確保することが大切です。また狭くて長い橋は、守る側にとっては絶好の攻撃ポイントとなるため、門前の橋に向かって、いかにして横矢を掛ける仕掛けを作るかが、城造りのポイントとなります。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶら P28 から

       姫路城の歴史 『 お城の基礎知識「 木橋と土橋」 』を紹介させて頂きました。

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2011年5月23日 (月)

B-1グランプリin姫路開催 & 姫路城の歴史(39)

5月21日、22日の二日に渡り、ご当地グルメの祭典B-1グランプリの近畿・中国・四国支部大会が姫路城周辺を会場にして開催されました。

 

主催者発表によれば、天候に恵まれた初日が10万人、そして、午前中に強い雨が降った二日目も8万5千人、二日合わせ18万5千人もの方が来場されたとのことです。

 

今日のおたまはん日和では、このB-1グランプリin姫路について簡単に纏めて紹介したいと思います。

 お城回りの開場は、大まかに3つにわかれており、大手前公園がB-1第一会場で13団体がB級ご当地グルメを競い合いました。大会開催地元の姫路の姫路おでんは参加資格がなく、13団体の出展品目は次の通りです。来場された方々が、この13品目を食べて一番気に入った出展料理に対して食べた後のその割り箸で一票を投じて、その割り箸の重量でグランプリを決定するのがこの大会のメインイベントです。

日生カキオコ、鳥取とうふちくわ膳、高砂にくてん、出雲ぜんざい、津山ホルモンうどん、今治焼豚玉子焼き、備後府中焼き、呉細うどんカレー、あかし玉子焼き、伏見稲荷寿司、佐用ホルモン焼きうどん、須崎「鍋焼きラーメン」、ひるぜん焼そば

そして、この度 第1位のゴールドグランプリを獲得を、岡山県真庭市の「ひるぜん焼そば」が獲得しました。

 

 第二会場は、城見台公園と東屋敷跡公園で、ここでは過去のB-1グランプリで優勝し殿堂入りした4団体が料理を提供していました。

1.厚木シロコロ・ホルモン

2.横手やきそば

3.富士宮やきそば

4.甲府鳥もつ煮

 

殿堂入りした料理だけに、人気を博し長蛇の行列ができ、一時は3時間以上の待ちも出ていたようです。

 後もう一つは、家老屋敷跡公園の会場で、ここでははりまご当地グルメフェスタが行なわれました。地元はりまから30以上の料理の出展があり、この会場も大いに賑わっていました。

 

今回のこの大会は、この度の東北地方太平洋沖地震の事を踏まえ開催の中止も検討された様ですが、開催されたことを大いに喜び、まだまだ残る自粛ムードを吹き飛ばして欲しいてと願っています。

そして、主催者の代表である石見姫路市長も発表されていたように、B-1グランプリは、単なる「グルメイベント」ではなく、「まちおこし」という明確な意志を持ったイベントなのです。

だから、B-1グランプリを開催し、播磨の「まちおこし」を行って、そして、この度の大会で集まった沢山の元気が、被災地と日本の復興の為の「まちおこし」と「国おこし」の何らかの力に繋がって行く事を念じています。自粛ではなく、私たちは、いま自分達が出来ることを精一杯行って、元気を発信していきましょう。

 

B-1グランプリの本大会は、今年の11月12日と13日に、同じ姫路城周辺会場で行われます。

 

この支部大会の3倍近い50万人とも言われる来場者が見込まれています。

今から大いに楽しみにしています。

 

追伸:5月22日の神戸新聞の朝刊の記事を見ていて、そのグランプリの

   会場写真の中に小さいながらも自分の姿を発見して驚いています。

 

 

* * * 姫路城の歴史(39) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

39回目は、  姫路城の歴史 『 お城の基礎知識「濠は最強の防衛線」 』をお届けします。

 姫路城のように水を貯えた濠は広ければ広いほど防御力が上がり、忍者以外の敵軍の侵入を完全に阻止できる最強の防衛線となります。

 それというのも重い甲冑を身に付け、刀や槍を装備した武者が広い水堀を泳ぎ切ることは困難で、一度水堀に入ろうものなら、たちまち動きが鈍くなり、城内からの矢玉の餌食になるからです。

また、通常水堀に「菱」という水草を植えると、水中に丈夫な蔓を伸ばすため、濠を渡ろうとする敵兵はこの蔓に絡み付かれて、その自由を奪われることとなります。

また水鳥を濠に放っておくと、敵が侵入した際、驚いて騒いでくれるので、ちょうど警報装置の役割を果たすのです。

 

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶら P29 から

    『 お城の基礎知識「濠は最強の防衛線」 』

     を紹介させて頂きました。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

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2011年5月16日 (月)

西田文郎氏 チャリティー講演会 & 姫路城の歴史(38)

先週は、西田文郎さんの著書『10人の法則』について紹介させて頂きました。

今回のおたまはん日和では、512日に開催され聴講してきました、西田文郎さんのチャリティー講演会の内容について振り返り、西田文郎さんの教えを学び直したいと思います。

 

この度、加古川で開催された講演会は2部構成で、

第1部は、居酒屋てっぺんの大嶋啓介さんの講演と、

     その後に、大嶋啓介さんと

     菓匠シミズの清水慎一さん http://www.kasho-shimizu.com/

     しのぶ庵の大橋正伸さん  http://www.shinobuan.com/  の

     3名でディスカッションが行われました。

そして、第2部に西田文郎さんの約2時間弱の講演がありました。

 

西田文郎さんの講演は、『Super Brain Training No.1理論』という演題で行われました。

 西田さんは、先ず、311日に発生した国内史上最大のこの度の大地震とその震災について、日本の全国民が、第2次世界大戦で日本が原爆を2発落とされ、この国土を徹底的に破壊されて敗戦した時以来の、我国にとってとてつもない大きな試練であるという事を、全国民がもっとしっかりと認識しなければならないという事を強く語られていました。

 亡くなられた方、いまだに行方不明の方を合わせると阪神淡路大震災の何倍にもなり、また、地震だけでなく、津波と放射能という大きな脅威を世界に知らしめる事となってしまいました。

リーマンショックの不景気とは、桁外れの国難であることは言葉にするまでもない事です。

 この震災では、先に上げた、地震、津波、放射能という三重苦が、中国の富裕層をはじめとする海外からの観光客も寄せ付けず、日本の食品だけでなく、文具や車など、全てのものが放射能汚染されているという風評被害をもたらしています。

日本人にとっては、東北や関東地区の災害なのかもしれませんが、日本全土が地震で破壊され、放射能で汚染されてしまっていると、海外の多くの人が感じている様です。

 

 この国難は、誰かが何とかしてくれるという様な、また、どうにかなる様な問題ではなく、日本国民が、第2次世界大戦の敗戦から立ち上がり奇跡と言われる復興を遂げた以上に、心を一つにして、元気を出して戦わなければどうしようもならない大きな大きな試練である事を本当に気付き皆が行動しなければならないのです。

多くの国民の認識が、この国難に対して甘すぎると西田さんは大声で言われていました。

 女性は、女力を発揮し、男性は、愛行力という男力を発揮せよ! と言われましたが、女力や、男力の詳しい内容は、改めて西田さんを取り上げる次の機会に紹介させて頂きます。

 

 西田さんは、これまで義援金なるものは嫌いだったそうですが、今回の震災が発生した瞬間から、被災地と我が国の復興の為に立ち上がり、義援金の呼びかけだけでなく、西田塾の門下生達に結集を呼び掛け色々な活動を開始さてしています。

義援金による支援も、被災地の為だけではなく、被災地と我が国の復興の為にどうしても必要であり、我が国 日本の為であり、言い換えれば、私自身の為に行うであるという事を私は認識しました。

 そして、企業経営者として認識すべき事は、この国難を乗り越えていく為には、環境変革型の人間にならなければいけないという事です。

大震災の前であれば、環境改革型でも大丈夫だったかもしれません。

バブルの時であれば、時代の流れについていくという環境順応型の人間でも成功できました。

この環境型の人間分類には、環境逃避型、環境破壊型の5段階に人間を分類できるそうです。

 

では、どの様にすれば環境改革型の人間になれるのでしょうか?

それは、『他人を喜ばせる力』をつければ良いと云う事なのです。

そして、自分の成功に対して、凄まじいとも言える執念を持つ事。

成功者は肯定的な大錯覚者であり、自分をとてつもない幸運者であると強く信じ切っている人。

だから、自分を本当に運のいい男だと信じて、知恵、物資、人脈、時間、お金と、そして元気という自分の持つすべてのものを活用すること。

自己の脳に対して、絶えず強い意志で、思い 言葉 動作・表情 すべてを駆使して問いかけ続けて、積極的で、明るく 朗らかに 活き活きとした状態に持っていく事。

そして、成功などちょろいもんだと、またまた自分を錯覚させるちょろいの法則を実行しなさいと、西田先生は説かれています。

 西田さんの教えに導かれ、抜きんでた経営者を沢山創出している西田塾という学びの会が全国各地で開かれているそうです。

その西田塾では、大人の修学旅行と銘打って、鹿児島の知覧へ行かれるそうです。

 

皆さまもご存知の通り、第二次世界大戦の終盤には戦局は悪化し神風特攻隊が編成され、その知覧飛行場から多くの若者達が飛び立っていきました。

知覧特攻平和観音堂があり、そこには、若き英霊たちの遺書が残されています。

その修学旅行の目的は、その遺書を読み、多くの若者が命をかけてこの国を守る為死んでいったその思いを知り、生きると云う事に感謝の気持ちを芽生えさせ、塾生達に活きる力をしっかりと持ってもらいたい為だそうです。

 その英霊たちの思いとは、愛する家族などの人達の為に、自分の命をかけてこの国を守りたいという強い気持ちであり、また本当は、自分が命をかけて特攻しても戦争には勝てない事を充分解っていたのかも知れません。

しかし、敗戦することを知っていても、自分達が勇ましく命を捨てて国を守る為に闘ったという『大和魂』を後世に伝え、敗戦後の日本を、その大和魂で守り、復興させて欲しいと強く願い死んで行かれたのではないでしょうか。知覧特攻平和観音堂には、そんな思いが綴られた沢山の遺書と、底抜けに明るく、そして、気品高く美しく笑う英霊たちの写真が飾られています。

 

 戦争当時、その出撃地となった鹿児島の知覧飛行場の近くに富屋食堂があり、沢山の特攻隊員が訪れていました。その女将さんが鳥濱トメさんで、、特攻隊の母と慕われていました

 

 その今も残る富屋食堂に鳥濱トメさんの言葉が残っています。

最後に、その鳥濱トメさんの言葉を紹介して本日のおたまはん日和を締め括りたいと思います。

 

特攻隊の母 鳥浜トメさんの言葉

 

『良き事のみを念ぜよ!

 必ず良き事来る。

 命より大切なものがある!

 それは、

 徳を貫くことである。』

 

鳥濱トメさんの物語 http://www.tomiyaryokan-chiran.jp/tome.html

 

 

* * * 姫路城の歴史(38) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

38回目は、  姫路城の歴史 『 大手門あたりをぶ~らぶら 』をお届けします。

「桜門橋」を渡ると巨大な高麗門があり、多くの皆さんがこの門の前で写真を撮っていますが、残念ながらこの門は、江戸時代のものではなく、近年に建てられた単なる歓迎用の門です。

 本来の姫路城の大手門は、1874(明治7)に歩兵第十連隊の内曲輪内への駐屯が決まった際に取り壊され、その後は陸軍の営門が置かれていました。歩兵第十連隊が岡山へ移駐となってからしばらくたった1932(昭和7)、姫路城の「三の丸」は公園として開放されます。

そして1938(昭和13)に観光客の歓迎用の門として建てられたのが、現在の大手門です。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶら P29 から

    『 大手門あたりをぶ~らぶら 』を紹介させて頂きました。

 

以上です。最後までお読み頂きありがとうございます。

 

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2011年5月 9日 (月)

推薦図書 西田文郎著“10人の法則” & 姫路城の歴史(37)

今日は、最近読んだ、推薦図書西田文郎著“10人の法則を紹介させて頂きます。

著者の西田文郎さんは、1949年生まれで、日本におけるイメージトレーニング研究指導のパイオニア。

1970年代から科学的なメンタルトレーニングの研究を始め、大脳生理学と心理学を利用して能の機能にアプローチする画期的なノウハウ「スーパーブレイントレーニングシステム(S.B.T.)」を構築。

日本の経営者、ビジネスマンの能力開発指導に多数携わり、驚異的なトップビジネスマンを数多く育成している。ソフトボール日本チームを奇跡の金メダル獲得に導いた事は、とても有名です。

この著書の最後の方(P150)に次の文章があります。

「人間の器」とは、「人格的・能力的な大きさ。器量。キャパシティ」と辞書にありあます。

この「人格的・能力的な大きさ」を、私は「心の枠」と呼んでいます。

つまり人の器とは、人それぞれが持っている心の枠のことであり、その大きさや小ささを私たちは、なんとなく感じています。

「才能や能力の差が、仕事の成果となってあらわれる差を1とすれば、

 心の持ち方の違いによる差は、5にも10にもなる。」

まさにこの著書“10人の法則は、これまでの自分という「心の枠」を壊し、幸せで感謝に満ちた心で生き、しかも、仕事だけでなく、人生の成果といえる『幸福度』を、今迄の5倍にも10倍にもしてくれる為の具体的に方法が書かれた著書なのです。

 

その具体的な方法を、著書に書かれた通り、簡単な一言で紹介します。

「あなたが感謝すべき人、10人の名前をあげなさい。

 そして1年以内に、10人全員にあなたの『感謝』を伝えなさい。」

 という事なのです。

そして、この“10人の法則を実行すれば、いわゆる大成功者の名に値する人たちの持っている次の文章に書かれている様な、自分という大きな「心の持ち方」という才能が誰にでも与えられるのだと、また今回この本を読み返し、この思いを改めて信じ、確信に変えました。

「社会のため」「世界のため」「人類のため」などどという、とんでもない理念を掲げているから、彼らはその発想においても、また辛抱強さや、精神的な強靭さにおいても、とてつもないパワーを発揮できるのです。運という錯覚は、こういう脳に宿ります。

運とは、自分を超えた大きな力に守られている--先人の言葉を借りればに後押しされているという確信だからです。

 それゆえに彼らは、「失敗するのは、成功するまでに努力を放棄するからだ。

 成功するまで続ければ、事は必ず成功する」などという、常識的に考えたら誠に馬鹿げたことを本気で信じられるのです。

さらに驚くべきことに、その信じたことを実行し、実現してしまいます。

10人の法則』西田文郎著(現代書林)お勧めします。

 

そして、西田文郎さんの講演会が514日に加古川で開催されます。

西田文郎さんと大嶋啓介さんのダブル講演で、場所は加古川市民会館、時間は18時開演。

前売り3,500円です。 詳しくは次のサイトをご覧ください。

http://www.mentor-core.com/page01/20110512.php

 

 

* * * 姫路城の歴史(37) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

37回目は、姫路城の歴史 大手門あたりをぶ~らぶら 『債権された「桜門」』     

江戸時代の「桜門橋」は、長さ約23.7mの木橋で、両側に欄干があり、青銅製の擬宝珠(ぎぼし)6個が飾り付けられていましたが、1874(明治7)、歩兵第10連隊の駐屯に伴い、この橋は撤去され、土橋となっていました。しかし2007(平成19)、発掘調査で出土した遺構を活かし、江戸時代の木橋をイメージした新しい「桜門橋」が架けられました。

 

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶら P28 から

    大手門あたりをぶ~らぶら

    『債権された「桜門」』を紹介させて頂きました。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

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2011年5月 2日 (月)

第21回 チャレンジ富士五湖112kmマラソンは途中リタイア & 姫路城の歴史(36)

平成23430日に開催された 第21回 チャレンジ富士五湖マラソン大会112kmの部に参加して来ました。その約一週間前に腰を痛め完治せず、30kmで歩き出し、35㎞でリタイアしました。

完走できませんでしたが、この度の112kmのフィニッシュの関門制限は14時間30分であり、自分として厳しいと感じていた為に、また、一緒に参加する友人が初めてのマラソン挑戦がこのウルトラ112kmである為に、何とか一緒に完走したいという思いから、今まで以上にトレーニングをし、また、アルコールや食事制限をして準備をして来たことは、自分にとってとても意義深く、これから生活に更に活かしていきたいと思います。

その友人の無謀とも言える挑戦に沢山の仲間から応援、声援を受け、当日応援の為だけに一緒に富士五湖まで来てくれた友達までいました。

ぎっくり腰になったお陰で、素晴らしい針の先生を紹介して頂き、初めてハリ治療を体験したり、整体のマッサージを受けたことも楽しい経験となりました。

430日当日の天候は快晴で、気温も最高の状態でした。

富士山も早朝から大会終了前までその美しい全景を見せ続けてくれました。

完走した方々は、山中湖を一周してから、河口湖、西湖、精進湖の北ルート走り、本栖湖を一周して折り返し、精進湖、西湖、河口湖の南ルートを走り一日中、美しい富士五湖と富士山の姿を充分に楽しまれた事だと思います。私は、河口湖を一周して河口湖に差し掛かる手前でリタイアしましたが、河口湖の湖面に映る逆さ富士を見ることが出来ました。

早い時間にリタイアした為に、スピードランナー達が逞しくゴールを駆け抜けるシーンを見れた事は、自分が勝手に心の中でつくり出していた人間の限界みたいなものの勝手な思い込みを破壊してくれました。これからのランニングのトレーニングをする上だけでなく、日々の生活を送る上でも大いなる励みとなると思います。

次のウルトラマラソンの挑戦は、9月に開催される丹後半島ウルトラ100kmです。

楽しくランニングを続け、今度は気持ちよく自己最高タイムでゴールを駆け抜けたいと思っています。

 

* * * 姫路城の歴史(36) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

 

姫路円卓会議発行の姫路ぶらぶらから姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

36回目は、姫路城の歴史 

    大手門あたりをぶ~らぶらの『お腹は減ってませんか?』

    をお届けします。

  

さて、間もなく姫路城の「内曲輪」に入ることとなります。いざ「大手門」をくぐると食事をする場所はありません。つまり、ここ「家老屋敷館」が食事をとる、最後のチャンスとなります。

姫路城を見てまわるには2時間半以上かかることを、くれぐれも忘れないでください。

おたまはん日和からの宣伝です。

この家老屋敷館の「は」の屋敷に当社のたまごやがあります。

夢前町の養鶏場から愛情掛けて、モーツァルトを聴かせて育てている鶏達が産んだ新鮮なたまごと、私たち自身が、有機肥料を活用し、出来る限り農薬の使用を制限して栽培したお米を食べて頂けるお店です。播磨名物美味しい穴子飯もあります。

http://fujihashiya.com/tamagoya-funclub/index.html

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック姫路ぶらぶら P28 から

          大手門あたりをぶ~らぶらの

    『お腹は減ってませんか?』を紹介させて頂きました。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

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