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2011年11月28日 (月)

"奇跡を呼ぶ100万回の祈り" & 姫路城の歴史(66)

 本日は、私の大好きな遺伝子工学の世界の第一人者である筑波大学の村上和雄名誉教授の著書『奇跡を呼ぶ100万回の祈り』を取り上げてみようと思います。

 

 この著書は、3月11日の東日本大震災の約1ヶ月後の四月から書きはじめられて7月6日に出版されています。書かれた時期や本の題名からも伝わってくるかと思いますが、未曾有の大震災、大津波、原発事故の同時発生という世界の歴史の中でも稀な大惨事に見舞われた東北地方を始め祖国 日本が、絶対に甦る為には、みんなの『祈り』がその復興へのエネルギーになるのだと言う強い思いで書かれています。

 また『pray for Japan』-日本のために祈ろう-という、世代も国境も宗教も越えて届けられた『祈り』の言葉や、ひとつの国のため『祈りのリレー』が行われたことは、これまでの歴史の中でなかったことであり、其の事が、「今こそ頑張らなくては」「何か自分にやれることを始めなければ」「もう一度、我々本来の姿に立ち返らなければ」と日本人の心のスイッチを“ON”にして、多くの日本人の魂を奮い起こしたのだと冒頭で上げられています。

 この著書を読み、感銘を受けた文章を少しだけでも紹介させて頂きます。

 村上教授の糖尿病の患者への笑いの実験で、ベテラン漫才師の笑いが糖尿病患者へ大きな良い影響を与え血糖値の値に大きな改善を見せたことは、これまでに何度か紹介させて頂きました。
これは、心のあり方や祈りなどの気持ちや思いが、遺伝子のON/OFFの働きに大いな影響を与えているという事実を証明してくれています。

 最近のアメリカの医学・医療の分野では、西洋医学に基づく医療がなんと50%を切ろうとしており、東洋医学をはじめ、薬草(ハーブ)、漢方、鍼灸、瞑想、音楽、信仰などを取り入れ実践されていると言うのです。
 東海岸の医者も患者も知らないところで、西海岸から祈った時、大きな効果が出たと言う実験の話もまた紹介されています。

このことについて
「理由は分らない。しかし、実際に効果があるのは、それは、人知の及ばない力による作用なのではないか。何よりも効果があるのだから、理由を解明できなくとも、祈ることの大切さに変わりはないのではないか」と、村上教授は言われています。

そして、村上教授は、祈りには「アホである」ことがとても大きな作用として働くと言われます。
私は、この著書の中で、「アホである」と言う事についての村上教授の言葉に特に感銘を受け強く心に刻み込んでおこうと思っています。次の言葉です。

「アホになる」とは、自分の目に見えないものを信じ切るとう意味でもあり何も根拠がない、論拠がなくても「自分はできる」ととにかく信じること。そうすると、不思議と道というものは開けてくるものです。

一人が一日十回を三年続ければ、一万回の祈りになります。それを百人でやれば、百万回の祈りになりとてつもない大きな力になると信じます。

 弊社には、経営理念があります。この経営理念を、全社員が強い祈りとして、毎日10回祈り続ければ、経営理念の実現が急速に早まることは疑い様がありません。
会社の経営の大切な事として、理念を全社・全社員に浸透させ心を一つにすることであり、それがまた、私の大使命であると思っています。
ここで、弊社の経営理念を紹介させて頂きます。

 

『藤橋家経営理念』

笑顔と喜びと活気溢れ
優れたる多くの人々が集い
真に社会に貢献し
食の源である畜産農林漁業を支え発展させる
日本一の創造力みなぎる企業となる

経営理念を強い思い以上の祈りとして、毎日祈り続け、笑顔と喜びと活気に溢れる会社を、そして、社会をつくりために毎日を積み重ねていきたいと存じます。

そして、日本を復興させて、混迷するこの世界を導ける素晴らしい国になるんだと、強く祈ります。

 

 

* * * 姫路城の歴史(66) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

 

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第66回目は、  姫路城の歴史 『 官兵衛時代の香りのする「下山里曲輪」』 をお届けします。

 姫路城の入城口の東になる高台は「下山里曲輪(しもやまさとくるわ)」といい、江戸時代は周囲に土塁が築かれ、曲輪の東方に城門が置かれていました。ここ「下山里曲輪」の石垣は、姫路城内で最も古い時代の石垣で、秀吉時代もしくはそれ以前に築かれたものではないかと言われています。
 また「山里曲輪」とは通常、戦闘を全く考慮せず、茶室や庭園等を設けた曲輪のことを言い、秀吉の築いた大阪城にも設けられています。しかし「下山里曲輪」に、こうした茶室などの跡は見当たらず、秀吉時代の曲輪の名前のみ踏襲した可能性があり、秀吉時代の姫路城の縄張りを知るための貴重な資料と言えます。また「下山里曲輪」の北方にある祠(ほこら)には、昭和の大修理の際、姫路城内で見つかった五輪塔や宝ぎょう印塔などを集め、お祀りしています。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P46 から
        『 官兵衛時代の香りのする「下山里曲輪」』
                       を紹介させて頂きました。

 

        藤橋家homepage             http://www.fujihashiya.com/
        たまごや通心(こだわりの通販)http://www.tamagoya.org/
        姫路ケーブルテレビ WINK
    “たまごや”放映番組~いま、輝いてます~のYou Tubeです。
                        http://www.youtube.com/watch?v=GJ15H13ZaRw

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2011年11月21日 (月)

第1回神戸マラソン「感謝と感情」 & 姫路城の歴史(65)

 平成23年11月20日(日)に開催された、「感謝と友情」をテーマに掲げた大1回神戸マラソン大会に参加し、一度も歩くこと無く、何とか3時間台で完走して参りました。
 本日は、さわやかな透きとおるような青空の秋晴れのなか、神戸マラソンに参加し気持ち良い汗をかきながらが感じたことなどを簡単にお伝え致します。

 

 この神戸マラソン大会のテーマが「感謝と友情」を掲げているのは、1995年の阪神・淡路大震災での復興支援に対する感謝とともに、東日本大震災の被災地支援の思いが込められているのです。
新聞によると全国から参加した2万2,958人(申込2万9千)が、平成23年11月20日(日)午前九時の号砲の合図とともに神戸市役所前のフラワーロードからスタートしました。

 

 フルマラソンのコースは、市役所から神戸の港町を抜け、折り返し地点の明石海峡大橋を目指します。特に阪神淡路大震災で大きな被害を受けた、鉄人28号モニュメントのある長田区から、鷹取駅前、そして須磨海浜公園(須磨区)の沿道にはこれまでに経験した事のない沢山の人が、大きな声と身振りで一生懸命に応援してくれました。その姿に、嬉しく有り難く心から感動しました。特に震災と火災で大きな被害を受けた地域を紹介しましたが、この神戸マラソンは、全コースの沿道に市民をはじめ、ボランティアとして参加されている方など、驚くほどの沢山の人達がおられ、一生懸命に応援をして下さいました。新聞報道の見出しには、「沿道の52万人が声援」とあります。

 

 私は練習不足で25kmを過ぎたあたりから足がかなり重たくなりましたが、応援して下さる皆様のお陰で、1㎞事に表示をされている距離の表示が信じられない位の早さで通過していくました。
この様な感覚は、これまで経験したことがありません。
 復路は、須磨海浜公園のあたりから海岸線に右折し、長田区の駒ヶ林から、ホームスタジアム神戸の前を通り、地下鉄海岸線を抜け神戸ハーバーランドなどを通り、ポートアイランドの市民広場前でゴールしました。
足の痛さより、沿道の応援・歓声が記憶に強く焼つき、正直周りの景色はあまり憶えていません。

 

 開会式のセレモニーには、神戸の震災で大きな被害を受けた本庄中学と長田高校、そして、この度の東日本大震災で被害を受けた仙台市立八軒中学の生徒さん達が、ブラスバンドの演奏や合唱で元気に清らかにマラソン大会を盛り上げてくれたことも書きとめとおきたいことです。

 

 大会開催と運営にご尽力された多くの方々に感謝し、そして、大きな感動を頂き、練習不足を反省し、この気持を今日と言う限りない尊い一日に活かしていきたいと強く感じております。

 来年も必ず参加したい!!そんな素晴らしい 第1回神戸マラソン大会について簡単に報告させて頂きます。ありがとうございます。

 


* * * 姫路城の歴史(65) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。
第65回目は、姫路城の歴史 入城口付近をぶ~らぶら
        『入城口唯一の「穴太積の石垣」』をお届けします。

 姫路城の石垣には、姫路近辺で切り出された比較的柔らかい凝灰岩(ぎょうかいがん)が使われているため、他の城の石垣の石と比べると、かなり小さく、少々見劣りがする気がします。
 しかし、入城口の東にある南向きの石垣には、重さが数十tもあろうかという巨石がいくつも積み込まれています。この石垣は池田時代の石垣と異なり、自然石を積み上げて築かれていることから、秀吉の時代に築かれたものだと考えられており、織田信長が築いた安土城と同じ、穴太衆(あのうしゅう)と呼ばれる石工(いしく)たちが築いた「穴太積(あのうづみ)」の石垣だと考えられています。

 

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P46 から
             入城口付近をぶ~らぶら
        『入城口唯一の「穴太積の石垣」』を紹介させて頂きました。

 


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2011年11月14日 (月)

健食通販“やずや”に学ぶ & 姫路城の歴史(64)

先日一冊の本を頂きました。

 

やずや会長 矢頭美世子著『社長室はいりません やずやの少数盛栄経営』という本です。
健康食品の通信販売会社㈱やずやは、1975年に著者の夫・宣男氏と共に福岡にて創業された会社です。その後順調に成長を続けるその最中の1999年に、社長である宣男氏が急逝されます。
 美世子氏が代表取締役に就任し、社長急逝の逆境を乗り越え、32億円だった企業売上を翌年には倍増させ、2001年には売上100億円を突破。そして、2005年には、健康食品部門で売上日本一の408億円になり、その急成長を導いて来られました。
 美世子氏は、2007年に世界優秀女性企業家賞を受賞されるなど、その経営手法には高い評価があります。

 今日は、当社の通信販売事業“たまごや通心”も昨年11月11日から事業スタートさせ、1年を迎える時に、やずやの美世子氏の著書を読み、特に、ユニークで楽しく、素晴らしいと感じた事をここで紹介しながら学び直し、事業のあり方について考えてみたいと思います。

 先ず“やずや”の素晴らしさに感動したのは、やずやさんには会社の中に保育園があることです。やずやさんには、女性社員がたくさんおられ、その女性社員が楽しく働ける環境作りの為に子育ての応援に力を入れておられるのです。
 働く女性にとって、朝は大忙し。自分の支度だけでなく家族の朝食の用意に見送り。またまた、お弁当を作ったり、その上子供の保育園に行く準備と見送りなど、相当の時間と手間を掛けている方が大勢おられる状況を見た時に、二人の子供を育てながら、会社の経営に携わってきた美世子氏だからこそ考えだした社内保育園だったのだと思います。
 会社に子供の手を引いて楽に出社できるように、ミルクに離乳食、それにおむつまで全部を社内保育園で準備し、汚れた洋服の洗濯もし、また、もちろん給食も用意しているそうです。
そして、何より、保育園が社内にあることで子育て中の女性が安心して働ける環境をつくり出しているのです。

 


“やずや”さんには社員の心の拠り所とする「やずやのバイブル“行動指針書”」があります。
その内容は、次の様なものです。

①社長からのメッセージ「なぜ働くのか」
②社員基本方針
③やずや10カ条
④番外編「リーダーとして」

 ①の「なぜ働くのか」は、「お金のため」「生活のため」「家族のため」だけでなく、自分が楽しいからこそ働く、そんな気持ちで仕事に臨んでほしいと言う社長さんからのメッセージです。
 そして、②と③は、自分と言う個人の力を仕事で磨き高めて、会社の力を高めることで社会のお役に立てるよう励んでいくこと。自分がほしい商品だからこそ、友達にも、家族にも紹介したいというそんな気持ちで働く当り前のことを実行しようという内容です。

 
③の10カ条のその条文をそのまま紹介します。

『やずや10カ条』
一、手をあげよう
ニ、楽しまなきゃ損
三、感動を演出するために
四、素直である理由
五、イケている自分になろう
六、反省しても後悔するな
七、不平不満禁止
八、成長し合える関係を作ろう(言い合える関係)
九、誰にも負けない自分の決め技を持とう
十、日本一創造することが大好きな集団に

10カ条について条文を読んでその意味・内容について思いを巡らせて頂きたいと思います。

そして、“やずや”さんが求めているの人物とは、次の様な人です。

・前向きで素直な気持ちがある人。
・自分に自信をもって、この先もっと魅力ある人間になろうと頑張っている人。

 人材を育成するためには、手間や時間を費やしても、最初から仕事の意義を伝え、それを行う理由や大切さをしっかりと確認し合う事が重要であるとも言われています。
また、やずやさんの社員であるには、絶対に勉強熱心でなければならず、人材育成こそが会社の発展の原動力という考え方が基本にあります。

 やずやさんと言う会社は、健康食品の通販会社です。自ら生産を行わない新しい会社でありながら、急成長を遂げ、現在も年間売上300億円を上げておられます。
その成長を支えてきたのが、社員を大切にする心であると言う事を実感させて頂きました。
幸せに楽しく働くからこそ、お客様にも楽しさが伝わり、その人を幸せにしたいと言う気持ちで働ける。美世子氏の著書を読み、大いに学ばせて頂いています。

 

* * * 姫路城の歴史(64) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

 

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第63回目は、  姫路城の歴史 『 羽柴秀吉の天守閣 』をお届けします。

 池田輝政の築城以前、姫山には羽柴秀吉の築いた三層の天守があったと伝えられてきましたが、そのことを示す証拠はなく、長い間、秀吉の天守は伝説のままでした。しかし、1957年(昭和32)から始まった昭和の大修理の際、現在の天守台の下から秀吉時代の天守台の石垣と礎石が発見され、また東小天守と渡櫓(わたりやぐら)には秀吉時代の天守の古材が転用されていることがわからり、ようやくその存在が証明されたのです。その時発見された資料から推定すると、秀吉の天守は14.4m四方で、出入口に付櫓(つけやぐら)が付属した三層四階建てで、大入母屋の上には望楼(ぼうろう)を横に平行にのせた形だったと考えられています。しかし秀吉時代の姫路城のことに関しては、まだまだわからないことが多く、今後の姫路城の楽しみのひとつでもあります。


以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P45 から
               『 羽柴秀吉の天守閣 』を紹介させて頂きました。

 

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2011年11月 7日 (月)

新渡戸稲造氏の“武士道” & 姫路城の歴史(63)

 お恥ずかしながら、私は先日初めて 新渡戸稲造の「武士道」を読みました。この「武士道」は、色々な方が翻訳されていると思いますが、この度読んだのは、中條高徳氏が、その著書“おじいちゃん戦争のことを教えて”の中で推薦されている【奈良本辰也氏】翻訳の本です。

 この本は新渡戸稲造氏が1899年に、英語で日本のことを書かれたもので、「日本には宗教教育がないのに、どのようにして子孫に道徳教育を授けるのか」という著名なベルギーの法学者にたずねられ、また、アメリカ人の奥様に日本人の考え方や習慣について頻繁に質問を浴びせられるために、満足のいく答えをしようと考えたことが、この本を書いた動機である旨のことが序文に書かれています。
 その序文の言葉に「封建制と武士道がわからなくては、現代の日本の道徳の観念を封したままの書物同然であることがわかった。」という言葉があるとおり、封建時代という長い年月を掛けて自覚されながら育まれた日本人の壮大な倫理体系であると言うことです。

 この著書を読み、3月11日の大震災の後に見直され、今ここでしっかりと取り戻さなければならない日本人の類まれな素晴らしさというもんがここに表現し尽くされているのではないかと思います。何度も何度も涙を抑えることができないほどの感動を覚えました。

 この新渡戸稲造氏の著書『武士道』の魅力を少しでも感じて頂ければと願い、読みながら特に心に残った言葉を少しだけ紹介させて頂きます。

*先ず“礼”について
 外国人旅行者は誰でも、日本人の礼儀正しさと品性のよいことに気づいている。・・・・
『礼とは、他人の気持ちに対する思いやりを目に見える形で表現することである。』
『礼はその最高の姿として、ほとんど愛に近づく。私たちは敬虔な気持ちをもって、礼は「長い苦難に耐え、親切で人をむやみに羨まず、自慢せず、思いあがらない。自己自身の利を求めず、容易に人に動かされず、およそ悪事というものをたくらまない。』

*また武士道という生き方の真髄と思われる言葉を西郷南洲遺訓から紹介されています。
『道は天地自然の物にして、人はこれを行なふものなれば、天を敬する目的とす。天は人も我も 同一に愛し給ふゆえ、我を愛する心を以って人を愛する也』
『人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽(つくし)て人を咎めず、我が誠の 足らざるを尋ねるべし』

 この著書『武士道』は、十七章からなり、
第一章 武士道とは何か  第二章 武士道の源をさぐる から始まり、以降第九章までに「義」、「勇」、「仁」、「礼」、「誠」、「名誉」、「忠義」について書かれています。

第十二章では、「切腹」と題し、サブタイトルとして “-生きる勇気、死ぬ勇気”とあり、その中で、あらゆる困苦、逆境にも忍耐と高潔な心をもって立ち向かう武士道の教えとして、山中鹿之助幸盛の次の歌を紹介しています。

 憂き事のなほこの上に積もれかし
 限りある身の力ためさん     

第十三章「刀」、第十四章「武士道が求めた女性の理想像」、第十五章「大和魂」、第十六章「武士道が甦るか」、最終の第十七章は「武士道の遺産から何を学ぶか」で締め括られています。

この『武士道』の新渡戸稲造氏の最後の言葉を訳の原文のまま紹介致します。

 武士道は一つの独立した道徳の掟としては消滅するかもしれない。しかしその力はこの地上から消え去ることはない。
 その武勇と文徳の教訓は解体されるかもしれない。しかしその光と栄誉はその廃墟を超えて蘇生するにちがいないない。あの象徴たる桜の花のように、四方の風に吹かれたあと、人生を豊かにする芳香を運んで人間を祝福しつづけることだろう。
 何世代か後に、武士道の習慣が葬り去られ、その名が忘れ去られるときが来るとしても、「路辺に立ちて眺めやれば」、その香りは遠くに離れた、見えない丘から漂ってくることだろう。
この時、あるクエーカーの詩人はうるわしい言葉で歌う。

 いずこよりか知らねど近き香気に、
 感謝の心を旅人は抱き、
 歩みを停め、帽を脱(と)りて
 空よりの祝福を受ける。

 この著書を読み、私自身が忘れかけている、日本人の特異まれな素晴らしさというものを学び直し、生き方について更に自己の考えをしっかりしたもにして実践していきたいと思っています。
そして、いまこの日本において、この武士道の光と栄誉が蘇生し、日本が世界の平和の為に大いなる力を発揮すべき時がきたと感じています。

* * * 姫路城の歴史(63) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第63回目は、  姫路城の歴史“さらに入城口付近をぶ~らぶら”
                                        『「天守の庭」を訪ねる 』をお届けします。

 姫路城に入城口の東には「天守の庭」と呼ばれる一画があり、ここには「昭和の大修理」の時に不用となった天守台の礎石が元のように並べられて展示されています。
 もともと姫路城の天守は、「姫山」の岩盤の上に3.6mの盛土をし、その上に敷かれた基礎柱石の上に築かれていました。しかし、この基礎部分は、6,200tという天守の重量に耐えかねて地盤沈下を起こし、東南の方向に44cmも傾いていました。1957年(昭和32)に行われた「昭和の大修理」の時、これ以上の地盤沈下を防ぐため、本来の礎石を取り払い、新たに「姫山」の岩盤の上に鉄筋コンクリート造りの定盤基礎を設け、その上に天守を再建しました。この時、不用となった礎石を元のように並べ展示したのが、この「天守の庭」です。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P45 から
             “さらに入城口付近をぶ~らぶら”『「天守の庭」を訪ねる 』
                                        を紹介させて頂きました。


        藤橋家homepage             http://www.fujihashiya.com/
        たまごや通心(こだわりの通販)http://www.tamagoya.org/
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    “たまごや”放映番組~いま、輝いてます~のYou Tubeです。
                           http://www.youtube.com/watch?v=GJ15H13ZaRw

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