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2012年4月23日 (月)

地域密着型の儲かる農業を目指す & 姫路城の歴史(87)

 我社が、“日本の食の力を取り戻す”という合い言葉のもと、地域密着型の耕畜連携の
事業を構築すべしと農業をスタートさせて6年目となります。
規模的には20町の田畑を耕作し、そして、今年度は地域密着型の儲かる農業実現させる
んだと意気揚々と取り組んでいます。

 とても幸運な事に、昨年、実践農業の大家である農学博士にお目に掛りご縁を頂き、その先生から、今現在、美味しく野菜が出来て、しかも収穫量の上がる素晴らしい堆肥づくりと、その堆肥を活用する農業の御指導を頂いています。

 その先生が説かれていのが、化学肥料と化学薬品を使わない農作物を生産技術を習得し、絶対に儲かる農業をしないと駄目であるという事なのです。

 私の記憶では、平成20年5月の中国は四川の大地震以降、化学肥料がどんどん値上がり、物によっては5倍の価格まで値上がり、更に高騰すると見込まれています。
だから今、私達が養鶏事業で産出する有機肥料「鶏糞」や、畜産事業から生み出される畜(牛・豚)糞の価値が大いに見直される様になり、鶏糞などの有機肥料を如何に活用し真価を発揮させるかが真剣に問われる時代になっているのです。

 先程紹介した先生は、もともと国のプロジェクトクトとして、畜産堆肥の発酵技術やその出来た畜産堆肥の活用を研究し、実践に活かしてきた方であり、我社として大いなる力を頂き事業に励んでいます。

 化学肥料と化学薬品を使わないで農作物を生産し、大きく儲かる農業を如何に実現するのかという事について一つだけ簡単にふれてみたいと思います。

 農業は、土づくりである。その土づくりの為には、深さ40cm以上で天地返しをしないといけないということです。
土も生き物で、作物を栽培すれば疲労もし、歳をとる。そのお世話になった土をひっくり返して地中深くに戻し休んでもらう。そして、休んで元気になった土を地中深くから掘り出して上げて活用し力を発揮してもらう、という事なのです。
 とても基本的で、重要なことであると、この度先生から教えて頂きましたので、ここで簡単ではありますがご紹介させて頂きました。

 我社の経営理念の中に、『食の源である畜産農林漁業を支え発展させる・・・』と、
合い言葉“日本の食の力を取り戻す”の実現に向けて邁進して参ります。

本日も、最後までお読み頂きありがとうございます。

 
 

 


* * * 姫路城の歴史(87) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第87回目は、  姫路城の歴史 『「清水門」は専守防衛の門 』をお届けします。

 「清水門」は船場川に面した城門の内、最も北にある門で、門内に「鷺の清水」と呼ばれる井戸があることから、この名があります。江戸時代の絵図などをみると、この門の南に穿(うが)たれた「捨堀(すてほり)」によって、中堤(なかつづみ)を二股とし、ここに辿り着いた敵を攻撃しやすいような工夫がなされています。そのことから、「清水門」では、いざ戦となれば、門前の木橋を落として専守防衛に徹する構えが見てとれます。また「北勢隠門」付近では、「喜斎門」から続く中濠の石垣と、「野里門」から続く中濠の石垣が複雑に組み合わされており、秀吉時代の姫路城の姿を垣間見ることができます。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P57 から
               『「」 「」』を紹介させて頂きました。

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2012年4月16日 (月)

『成長のスピード化(マラソン編) & 姫路城の歴史(86)』

『成長のスピード化(マラソン編) & 姫路城の歴史(86)』

 成長のスピード化を図る為には如何にトレーニングをすれば良いか?
答えの一つに、負荷を掛けてトレーニングをすると言う事があげられるので
はないでしょうか。
先週のこのブログで、ラインホルト・メスナー氏の言葉『生命力を発揮する方法』
をどれだけ知っていたとしても、日日の鍛錬は不可欠な事は私なりに理解してい
るつもりです。
 今日は、「成長のスピード化(マラソン編)」と題して、昨日(4/15)開催された、
第7回(34)宍粟市さつきマラソン大会から学んだことをここで書き記してみたい
と思います。
 昨日は、まさにマラソン日和の好天で、開花が遅れた桜がちょうど満開でした。
さつきマラソン大会のコースは、自然環境が素晴らしく景色を楽しめまる美しい
コースですが、昨日は、走りながらとても鮮やかに輝くような桜を、たっぷりと
満喫させて頂きました。

 大会本番は、誰でも一生懸命走ります。私も一生懸命走りました。
私のマラソンの走り方は、応援をして下さる観客の皆様に「ありがとう」のお礼の
言葉を元気に掛けながら、人様との触れ合いを楽しみながら走らせて頂きます。
昨日も沢山の方に応援して頂きました。沢山の方の応援の言葉や沢山の笑顔が
ハッキリと思い出されます。当社の社員さんも家の前に出て家族総出で応援して
くれました。
 その応援して下さることに「ありがとう」の感謝の気持ちでお答えさせて頂くと、
確実に元気が出て、タイムも確実に良くなることをお約束致します。
 お陰さまで、私は昨日、1時間34分51秒で走る事ができ、昨年の同大会の記録
を20秒更新し、ベストタイムを出すことが出来ました。応援をして下さった皆様、
大会運営にご尽力頂いた皆様をはじめ、大会を支えて下さる皆さんに御礼申し上げ
ます。

 さて、本日の成長のスピード化について、昨日は何を学んだ方と言うと、マラソン
大会終了後、また其のまま自宅までの約30kmを走って帰ったことから、負荷を
掛けてトレーニングする事の持つ、意義・大切さという事です。
 いわゆる本番というマラソン大会は本気になって走るので、ハーフと雖も体は
けっこう疲労をします。
大会後、また其のまま走って家に帰るという事は、通常のトレーニング時より
レベルの高い疲労をしている体を利用してトレーニングするという事です。
大会後の自宅迄の約30kmを4時間という本当にゆっくりではありますが走ると、
通常のトレーニングでは、感じられにくい部分への疲労と痛みを感じる事ができ
ました。
負荷を掛けて体を鍛える事で、効果的にトレーニング出来るということです。
ずぼらで、怠け癖のある自分に、自然に負荷を掛けてトレーニング出来る環境を
作ったり、どうしても逃げられない環境をつくり出して、自らに負荷を掛けていく
ことで、成長のスピード化が図れるのだと感じたという、たったそれだけの事を
本日はこのブログで纏めさせて頂きました。

本日も最後までお読み頂きありがとうございます。

* * * * 姫路城の歴史(86) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * * * *

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第86回目は、  姫路城の歴史 『 姫路城の台所事情 』をお届けします。
 
 姫路城の築城には、足掛け8年の月日、延べ2430万人の人員に加え、莫大な
建設費を要しました。
そのため輝政は、姫路城に入って早々、検地も行わずに領内の村の石高を2割増し
にする増税を行い、52万国の所領から62万石分の年貢を徴収したのです。
更に輝政は、徳川家康から江戸城や駿府城、篠山城の請負まで命じられており、
その経費を賄うために田畑の肥料とする人糞にまで課税したという記録まであり
ます。つまり52万石の大大名となった輝政でしたが、その台所事情は火の車で、
姫路城でも天守の内部や姫路城の北側、二の丸以内など外部の人の目に触れない
部分には極力手を加えず、天守や大手門といった人目につく部分にだけお金を
かけているように感じられます。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P57 から
             『 姫路城の台所事情 』を紹介させて頂きました。

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2012年4月 9日 (月)

“ランニングに支えられて” & 姫路城の歴史(85)

 先週4月7日の土曜日の朝6時から、西姫路倫理法人会「経営者モーニングセミナー」で講師としてお話をさせて頂きました。私としては、講師などとしてではなく、自分の思いの発表会と言う気持ちで、このご依頼をありがたく、喜んでお引き受けさせて頂きました。
終わった後は、正直反省することばかりで、またこの反省を活かしていこうと思います。

何故、この様なご依頼をお受けしたか、
それは、先日もこのブログで紹介致しました、4つの鉄板ルールがあるからです。
 ①返事は0.2秒!         ②頼まれ事は試され事! 
 ③出来ない理由は言わない!   ④そのうちと言わず今出来ることをやる!

発表会の話しの題名は、『ランニングに支えられて』です。

 今こうして、本当に毎日を健康で、明るく、活き活きと、朗らかに、勇ましく過ごせるのは、まがりなりにも、早朝のランニングを続けてきたお陰であると思います。
 また、このずぼらな私が朝のランニングを何とかでもしているのは、各地で開催されているマラソン大会に参加しているからだと思います。マラソン大会に申し込むから、いやがうえにも練習せざるを得ない。そんな状況を毎年何度も繰り返しているという感じです。
大会に参加するからこそ続けて来れた朝のランニングとも言えます。

今回倫理法人会でお話をするに当たり、過去出場した大会の記録証を初めてまとめてみました。
そのお陰で、過去、どれ位マラソン大会に参加して来たかが確認出来ました。

最初のマラソン大会の参加は、1992年のホノルルマラソンです。

その三年後に、雪彦マラソンで初めてハーフマラソンに参加し、雪彦、宍粟(山崎)、神鍋、
たつの梅と潮の香の大会にそれぞれ数度ずつ参加し、ハーフマラソンは合計25回完走しています。

 フルマラソンは、ホノルルから8年たった2000年に福知山マラソンに参加した後、福知山、篠山ABC、大阪(長居)、神戸、京都などの大会で合計14回フルマラソンを走っています。
もう少し参加回数は多いと思っていました。まだ14回で少ないんだ、というのが実感です。

 一生に一度と思って、初めて100kmのウルトラマラソンに参加したのが、2002年の歴史街道丹後100kmウルトラマラソンです。その後、丹後、四万十、しまなみ海道と、100kmは9回参加しております。
あと、山口萩往還の140kmに1回、そして、250kmにそれぞれ1回ずつ参加し、これまでのウルトラマラソンは11回走破した事になります。ウルトラマラソン大会完走の記録をまとめましたので次に紹介させて頂きます。

①歴史街道丹後 100km 13:20:27 平成14年9月
②歴史街道丹後 100km 13:41:53 平成16年9月
③四万十川    100km 13:25:38 平成18年10月
④しまなみ海道 100km 12:31:19  平成19年6月
⑤歴史街道丹後 100km 12:32:10 平成19年9月
⑥歴史街道丹後 100km 13:00:42 平成20年9月
⑦山口萩往還    140km 20:51:01  平成21年5月
⑧歴史街道丹後 100km 13:04:14 平成21年9月
⑨山口萩往還    250km    47:00:40  平成22年5月
⑩歴史街道丹後 100km 13:23:50 平成22年9月
⑪歴史街道丹後 100km 13:27:14 平成23年9月

タイムの遅さが、練習量の少なさを物語っています。
オリンピック金メダリスト野口みずき氏の言葉通り 「走った距離はウソつかない。」ですね。
でも、遅いなりにもウルトラマラソンは多少距離があるので、思い出深い大会があります。
特に一番長い250㎞は、練習不足から大いに痛い思いをしましたが、前年度の140km大会で知り合った先輩に偶然にもご縁を頂き、励まされ、そのご縁に導かれ、お陰さまで走る事が出来ました。
この時感じた事が三つあります。

一つには、ご縁の有り難さです。「袖振り合う縁をも活かす。」という柳生家の家訓の教えを如何に実践できるかを絶えず、自らに問うていかねばならないと思いました。

二つには、一般的に自分自身が感じていた限界というものは、自分自身がつくり出しているだけであるという事。

そして、三つ目は、人間の生命エネルギーは、食べたり飲んだりすること以上に、目に見えない呼吸や、また、太陽エネルギーや、いやいや、もっと訳のわからない何か大きな力があるのではないかという事です。

 その不思議な何かの力とその力と人間の関係について、偉大なる登山家である ラインホルト・メスナーは、地球交響曲という番組の中で、次の様に語っています。

『 私は生命力を発揮する方法を人より良く知っていたと思います。
 生命力は自分が所有しているというものではなく、私達の周囲に無限に
 存在し渦巻いているものなのです。
 その生命力をスムーズに体の中に取り入れ、そしてまた、スムーズに
 外へ出していく、それが調和的にうまくいった時、遠征が成功する。
 すると大きな喜びと共にエネルギーが体に戻ってくる。
 人間はいわば生命力の通り道の様なものなのです。』
ラインホルト・メスナーと言う人がどれ位い凄い人なのかもwikipediaから抜粋紹介致します。

 1970年のナンガ・パルバット登頂を皮切りに、17年の歳月をかけて1986年には人類史上初となる8000メートル峰全14座完全登頂という登山史における大金字塔を打ち立てた。
 ハーベラーとのコンビで人類初のエベレスト無酸素登頂に成功。
2年後の1980年には途中、一度クレバスに転落する事故を乗り越えてエベレスト無酸素単独登頂の偉業を成し遂げた。
 1982年にはカンチェンジュンガ、ガッシャーブルムII峰、ブロード・ピークという8000メートル峰を1年の間に次々と登頂。
1990年には92日間をかけ徒歩で世界初の南極横断に成功した。
ラインホルト・メスナーの言う、生命力をスムーズに体の中に取り入れ、循環させていくというのが、常日頃私が学ぼうとしている中村天風哲人の『心身統一法』の教えでもあるのだなと思います。

苟に、日に新た、日日に新たに、又日に新たならんと の気持ちで毎日をランニングで心身を鍛え、心身統一法の学びながらラインホルト・メスナーの言葉『生命力を発揮する方法を人より良く知っていたと思います。』の様な人間になりたいと切に念願しています。

まとまりのない話になり、また反省です。
最後までお読み頂き恐れ入ります。ありがとうございます。



* * * 姫路城の歴史(85) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *


姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第85回目は、  姫路城の歴史 『 姫路城の勢隠を守る「北勢隠門」 』をお届けします。

 姫路城の「中濠」に沿って西へ向かうと左手に「北勢隠門」と呼ばれる門が現われます。
この「北勢隠門」は「南勢隠門」、「八塔門」と共に「勢隠曲輪」を守る城門で、江戸時代にはこの石垣の内側に櫓門を設けた「枡形門」となっていました。しかし現在、「山門」の遺構は残っておらず、「外門」の遺構のみを見ることが出来ます。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P56 から
              『 姫路城の勢隠を守る「北勢隠門」 』を紹介させて頂きました。

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2012年4月 2日 (月)

 本日4月2日、いよいよ4月新年度を迎えました。今日は、年度末の3月31日に行った、当社の新入社員式と経営計画発表について、自ら行った経営計画の立案趣旨をここに掲げ、自分の思いを強いものにしたいと思います。怖れながら手前みそな話を書かせて頂きます。

 当社は、平成17年から大学(院)新卒採用活動をスタートし平成18年に第一期の新卒社員が入社し、今年の入社で新卒第六期の入社となります。地方の小さな都市の中小企業で、しかも畜産関連の3Kの代表とも言える事業を行う企業が、新卒採用を始めることは、ウキウキとする楽しい冒険でした。
 どの様な事になるかは想像もできませんでしたが、大阪の大きな会議室を借りて初めて行った会社説明では、会場いっぱいの学生さんが押し寄せ、その学生さん達の熱い思いがガンガンと心に伝わってきて、とても感動し、大きな力をもらう事が出来たと強く記憶しています。 

 そして、毎年、毎年、沢山の学生さん達が新卒説明に参加し、その後の選考に進んでくれています。今現在、会社説明会からその後の選考のプログラムの策定や進行は、殆ど新卒採用で入社した社員がやってくれています。もちろん私もプレゼンや色々な御話をさせて頂いています。

この31日の新卒の新入社員は、藤橋商店に大学院卒が1名、そして、村上ポートリーには高卒の2名を皆で大歓迎で迎え入れることが来ました。

その後に行った、経営計画発表会でもこれまでにない熱意とチームワークを感じる素晴らしい発表会が開催できました。

 経営計画を策定し発表するに当たり、経営計画立案趣旨として私は次の文章をまとめました。
どの様な会社にしたいのか。人の世の役に立つ為の会社になるには、まず、当社の社員が幸せになり、成長していかねば、周りの方々を幸せにし、成長のお手伝いの力にはなれないんだという思いを込めて書きました。このブログで、そのままの文章を公表させて頂き、自らの決意としたいと存じます。

初めにも申しましたが、全く手前みそな話で恐れ入ります。


経営計画立案趣旨

この経営計画を立案するのは心から藤橋家を良い会社にしたいからです。
入社して本当に良かったと喜べる会社にしたいからです。
入社して一生働きたいと思える会社にしたいからです。
人生の大半を仕事についやすその会社を永年つとめて本当によかったと
思える会社にしたいからです。

入社して喜び、永年つとめて良かったと思える、誇りに思える、
そして、社員さんの家族の皆さんも、喜び、誇りに思える会社にしたいからです。

21世紀にはいり、時代は大きくかわりました。
これからの人間の 生きるべき、あるべき姿は、お互いを認め合い、
褒め合い、与え合う、偏りのない愛を持って活きる姿です。

そして、藤橋家は女性も活躍できる職場を創造します。
結婚して、子供を産み育てる、子育てと仕事を両立出来る
より良い環境を創っていく会社なのです。
産休・育児休暇を一年以上安心してとれる会社です。
子育ての応援をします。
藤橋家がそのような組織になる為に、みんなで努めあうことが、
藤橋家の発展につながることを知りましょう。

全社員が認め合い、皆の知恵が集まり、その皆の知恵が活かされる
会社になりましょう。
皆の知恵が集まり、活かされれば、藤橋家は大いに発展します。
そして、社員の皆様も仕事を通して大きな成長を遂げるはずです。

皆の知恵が集まり活かされるようになれば、
藤橋家は、世の中から求められる、必要とされる、喜ばれる、
素晴らしい会社になるのです。

皆の知恵が集まり活かされ、
笑顔と喜びと活気に溢れる会社になるのです。

皆さんの思いを一つにする為にこの経営計画書を立案しました。
日々の仕事の、そして、心の置き所として活かしましょう。
以上です。最後までお読みありがとうございます。


* * * 姫路城の歴史(84) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * *

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第84回目は、姫路城の歴史『 シロトピア公園と2億円のトイレ 』をお届けします。

 現在、「シロトピア公園」となっている一帯は、江戸時代には90軒ほどの侍屋敷が軒を連ねる武家町でしたが、明治時代には陸軍の練兵場となっていました。そして終戦を迎えた後、この辺りには戦争復興住宅が建てられ、俗に「姫山町」と呼ばれていました。しかし、1976年(昭和51)から始まった城周辺整備事業に伴い、これらの住宅は取り壊され、1989年(平成元)に行われたシロトピア博に先立ち、公園として生まれ変わりました。
 このシロトピア公園の西には、黒川紀章氏設計の休憩所「扇観亭(せんかんてい)」があり、「2億円のトイレ」とも言われています。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P56 から
        『 シロトピア公園と2億円のトイレ 』を紹介させて頂きました。

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