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2012年10月29日 (月)

“ブラックジャックによろしく” & 姫路城の歴史(111)

 先日当社顧問の社労士の先生からスマートフォン(iphone)で無料でマンガを
ダウンロード出来る事を教えてもらいました。その漫画の題名が、本日のタイ
トルにさせて頂いている 佐藤秀峰著『 ブラックジャックによろしく』 です。

 
 佐藤秀峰氏とは、『海猿』や『ブラックジャックによろしく』など、綿密な
取材に基づいた人間ドラマを描く高い評価をされている著名な漫画家だと初め
て知りました。

 
 この『ブラックジャックによろしく』は、マンガの中では、永禄大学(東大と
思われる)の医学部を卒業したばがりの“斉藤”という青年が、永禄大学付属
病院で日本の超エリートの研修医として、日本の医療制度や体制の大きな矛盾
や道徳的な廃頽、権威主義などの問題にぶち当たり苦しみながら、問題を提起
するというストーリーの様です。このシリーズは全13冊です。今漸く4巻目を
読み終えたところです。

 そもそも研修医なるものは、大学で6年間医学を学び、医学の知識のみをみる
医師国家試験に合格した、実際の医療の経験は殆どない人達が大学病院などで
2年間研修をする制度とあります。

 研修医の一日の平均労働時間は16時間で、月給は3万8千円!!これは日給では
ありません。10万円以下のところが7割を占めるともあります。
 その給料では寮費・食事費にも足らす生活できないから、夜間の当直のアルバ
イトで生活費を稼いでいるというのが現状の様です。

 この研修医のアルバイトを禁止している機関はたった2%であり、この制度を利用して病院側もコストの削減を図っているとうのが真実という事になります。

 また、夜間当直の研修医うち80%が単独診療を経験しており、夜間の病院には研修医しかいないと云うところも多く、死にたくなければ夜間に車の運転をして絶対に事故を起こすなと怖ろしい助言を著者は行っています。

 日本の医療財政の崩壊についても触れられています。現在の日本の医療費は50兆円で5年後?には80兆円になり、この巨額の負担を誰が負うか負えるのか?
 この巨額の医療費の中に、日本の医療機関が多額の収入を得ている延命治療についても、この漫画では鋭いメスを入れています。

 日本医療制度の大きな組織構造であり、問題である出身医局(医局マフィア)に対して、その組織に対して背けない組織であり、人事を含め医局の全権力を握るその医局のトップである教授が如何なる存在かという事も問いかけています。
 これ以上このブログを書き進めるより先ずは皆さまに、この『ブラックジャックによろしく』を読んで日本の医療問題について考えながら楽しんで頂きたいと思います。

 ここまでこの漫画に書かれている医療制度の批判等について訴えようとしてきましたが、この漫画を読み進めていきながら強く感じる様になることは、人間の命の大切さであり、心を正しく強く優しく持って活きる為に如何に毎日を送るという事だと強く感じます。

最後までお読み頂きありがとうございます。 

 

 

 
* * * * 姫路城の歴史(111) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * * *

 
姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。
第111回目は、姫路城の歴史『 城下町の名残を残す町「船場」 』をお届けします。
姫路城では、西に船場川が流れており、西方に「外曲輪」を拡げることができなかったため、城郭の外となる船場川の西岸にも多くの「町場」が築かれていました。

21代城主・本多忠政が船場川に水運を開くと、「西国街道」と船場川の交わるあたりは物流の中心地となり、「船場」と呼ばれるようになります。

ここ「船場」では、その南部地区は罹災したものの、北部地区は罹災を逃れており、城下町の面影を残す古い町並みが今も残されています。特に「西国街道」に沿った「龍野町」は、羽柴秀吉時代に誕生したといわれる古い城下町で、姫路出身の歌人・初井しづ枝の生家を始め、多くの見どころがあります。

なお船場地区の「まち歩きマップ」は、駅の「観光なびポート」、もしくは「船場本徳寺」の本堂で手に入れる事が出来ます。

 
以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P69 から
        『 城下町の名残を残す町「船場」 』を紹介させて頂きました。

 
*藤橋家homepage     http://www.fujihashiya.com/
*たまごや通心(こだわりの通販)http://www.tamagoya.org/
*姫路ケーブルテレビ WINK“たまごや”
放映番組=いま、輝いてます=のYou Tubeです。
http://www.youtube.com/watch?v=GJ15H13ZaRw

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2012年10月22日 (月)

『人生を変えるオーケストラ & 姫路城の歴史(110)』

 先日NHKテレビの「地球イチバン」という番組を見ました。その日の題名は、
『地球で一番大きなオーケストラ。人生を変える!! 33さん万人の大演奏 』
でした。

 ご覧になられた方も多いかと思いますが、ベネズエラで特に貧困にあえぐ子供達
を中心に、無料でクラッシック音楽を教えていくことで、沢山の子供達の人生を変
えていると云う話を、何か新しい気づきが見いだせないかと思い振り返ってみたい
と思います。

 今書きました、ベネズエラの音楽教育の青少年オーケストラ基金のことを「エル
・システマ」と言います。エル・システマとは英語でTHE SYSTEMと云う意味です。

 エル・システマは、1975年にアントニオ・アブレウ博士の呼びかけで始まり、
幼児から無料で楽器も与えられて音楽を学び、オーケストラ活動に参加していくと
いう教育システムで、これはベネズエラの国家が行っているものです。

 参加する子供達の多くは貧困層であり、ストリート・チルドレンや麻薬売買や
恐喝・強盗などの犯罪をしていた子供達が、音楽に出会い、そして、エル・システ
マで先生や仲間を得ることで、犯罪から抜け出し人生を変えていくという大きな
実績を上げて世界的に評価をされているシステムです。

 番組の中で紹介されていた若者は22歳で、エル・システマで子供達に音楽を教え
ていました。その彼もかつては、家を飛び出しギャングになって犯罪を繰り返して
いましたが、エル・システマにより救われ、破滅的な生活から逃れることが出来、
命拾いをして、自分の人生を得ることが出来たと語っています。
そして、その彼は、エル・システマで働く理由を次の様に語っています。

「私は、自分にしてもらったことへの恩返しをしたいのです。
 自分を変えるきっかけを見つけて欲し為に、そのお手伝いをしたいだけなのです」

 このエル・システマの教育方針の大前提が、人を大切にするということなのです。
今まで人を信じる事が出来ず、周りにいる人間は敵ばかりだと思っていた子供達が、
このエル・システマでは、人間としての人格を認められ「あなたは出来る人であり、
この世の中の大切な財産」として皆から受け入れられ、褒められ、与えられる、
そんな環境がそこにはあるのです。脅しや威嚇による恐怖の世界ではなく、絶えず
ポジィテブに、明るく活きる事を教えられ、仲間みんなで支え合っていくのです。

  このエル・システマから世界的な音楽家も輩出されています。
その名は、グスターボ・ドゥダメル氏(1981年生)です。
ドルダメル氏は、音楽家の両親のもとに生れ、5才からエル・システマに入ります。
2004年にマーラー国際指揮コンクールで優勝し一躍脚光を浴び、その後の活躍は
凄まじいものです。エル・システマの子供達の憧れの的であることは言うまでも
ありません。

 貧困に喘ぎ苦しみ、愛情というものを知らずに育ってきた子供達を蘇らせるこの
エル・システマは、過去100万人の子供達を世の中に輩出し、現在33万の子供
達が所属して活動をしています。

 教育とは何なのか? 人間の生きる力や、その生きる力の源とは何なのかという
ことを考えずにはおられません。

 エル・システマの子供達の中で、成長の遅い、自分自身を出来の悪いバカで、
どうしようもない人間だと思っていた女の子が、先生や周りの仲間に支えられ、
音楽を通して目覚ましい成長を成し遂げたことが番組の中で紹介されていました。
その女の子が、このエル・システマで学んだ事を次の様に語っていました。

「自分は出来ないと思っていただけ。自分の敵は、自分自身なのだと知りました。」

 私がこのNHKの番組を見て、一番強く感じたことは、人間が活きていく上で
最も大切なことは、偏りのない強い愛の心を持ち、人を認め、褒めて、与えていくと
いう生き方を人間みんながしていかねばならないということです。先ずは自分から。

皆がこの様な心を持てれば、世の中は、絶対に変わるということです。

番組中に紹介された『エル・システマ』を言い現わした言葉を最後に紹介し締め括ら
せて頂きます。

「小さなかけらが集まった、大きな塊(かたまり)です。」

最後までお読み頂きありがとうございます。

* * * * * 姫路城の歴史(110) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * * * * 

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第110回目は、姫路城の歴史『 高瀬舟を繫いだ「船繋ぎ岩」 』をお届けします。

「船入川」から南に下ると、「西国街道」という標石があり、この側の民家の庭に、
昔、高瀬舟を繫いだといわれる「船繋ぎ岩」があります。この岩は元々、船場川の
中堤にあった物ですが、現在はその役割を終え、庭石として使用されています。


以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P68 から
          『 高瀬舟を繫いだ「船繋ぎ岩」 』を紹介させて頂きました。

   
藤橋家homepage             http://www.fujihashiya.com/
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姫路ケーブルテレビ WINK“たまごや”放映番組~いま、輝いてます~のYou Tubeです。
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2012年10月15日 (月)

『スマイルズの自助論より『時間厳守』& 姫路城の歴史(109)』

『スマイルズの自助論より『時間厳守』& 姫路城の歴史(109)』

 先日、生まれて初めて、サミュエル・スマイルズの“自助論”を読みました。
『神は自ら助くる者を助く』という言葉で有名なスマイルズの“自助論”です。

 訳者の竹内均氏がこの本の最後の解説でいわれる通り、自己鍛錬のための
不朽の名作です。
 
 スマイルズは、人は夢や目標をしっかりと持ち、正しく日々努力する者こそしか
成功しないといわれています。

 自助論の中で語られている内容は、スマイルズの次の言葉である程度を要約
出来るのでないかと思い以下その短い文章を幾つか上げてみます。

*人生の最高の目的は、人格を強く鍛えあげ、可能な限り心身を発展向上させ
 ていくことである。これこそ唯一の目標であり、それ以外のものはこのため
 の手段にすぎない。

*最高の人間性を獲得し、他人の役に立つ仕事に打ち込み、人間としての義務
 を果たしていくことこそ、いちばん立派な生き方だ。


そして、第6章 “≪時間の知恵≫「実務能力」のない者に成功はなし”の第3項に、
「ビジネスを成功させる六つの原則」という具体的な説明がなされています。

先ずその「六つの原則」を次にご紹介します。

『事業を成功させる6つの原則』

 1.注意力
 2.勤勉さ
 3.正確さ
 4.手際のよさ
 5.時間厳守
 6.迅速さ

 そして、今日はこの中から特にこの5番目の 『 時間厳守 』 について、
スマイルズの言葉を幾つか上げながら、時間厳守がいかに人生にとって大切で
あるかを再考してみようと思います。

・人はよく「時は金なり」というが、むしろ正しくは「時は金以上なり」と言う
 べきだ。
・失われた富は勤勉によって元通りにできかもしれないが、失われた時間だけは
 永遠に戻って来ない。
・その人が時間に厳格かルーズかを見れば、彼が尊敬に値するかどうかが分かる。
・時間厳守はまた、人間の良心の問題である。
・約束というものは、暗黙の了解であれ、一つの契約に他ならない。
・約束を守れない人間は、相手の時間を不当に浪費するばかりではなく、誠意に
 そむく背反行為を犯しているに等しい。そんな人間は必ずや世間の評判を落とす。

 以上のように考えてくると、当然のごとく一つの結論に達するとして、スマイルズ
は次の様に続けています。

「つまり、時間に無頓着な人間はビジネスにも無頓着であり、そんな人間に重要
 問題の処理を信用してまかせることはできないのである。」

 そして、ワシントン大統領が、自分の秘書の一人が遅刻の理由を時計が狂って
いたせいにした時の答えも紹介しています。

「それなら、ただちに新しい時計に代えるべきだ。さもなければ、私の方で秘書を
  新しい人間に変えなくてはいけなくなるからね。」

 誠に厳しい言葉ではありますが、時間厳守が如何に大切であるを心に焼き付けて
くれる話だと思います。

 時間厳守について、中村天風哲人はその著書『真理のひびき』の中で、西洋の諺
としてこれまた厳しい、次の言葉を紹介されておられます。

「時間を重んじない人は、礼儀を知らない人間よりも以下の人である。」

 私は、時間厳守というものが仕事だけではなく、人生をいき抜く上で如何に大切
であるかということを『自助論』を読み、ここに正しく認識させて頂いた事により、
会社の経営に活かすべく、先日行った中間経営計画決断式で、この『時間厳守』を
当社の“鉄板ルール”の一つに決定致し発表致しました。
 そして、時間厳守ともう一つ、頂戴した案内に対しては、必ず迅速、的確、正確に
返事(返信)を返すという事も鉄板ルールとさせて頂きました。

 最初に紹介させて頂いた、次のスマイルズの言葉の最も基本になるのが時間厳守
であると肝に銘じ、時間厳守を徹底していきます。

「最高の人間性を獲得し、他人の役に立つ仕事に打ち込み、人間としての義務を
 果たしていくことこそ、いちばん立派な生き方だ。」

 最後に、『自助論』の中で述べられている、珠玉のことばを上げながら、本日の
“おたまはん日和”を締め括りたいと思います。

*受難は天に登るための階段だ。

*逆境は、貧困に打ち勝ち障害を乗り越える勇気を与えてくれる。
 成功や繁栄のほうが、むしろ人間にとっては危険なワナとなる場合が多い。

*困難と闘いながら、人間は勇気を高め、才能を磨き上げていく。
 われわれの敵は、実はわれわれの味方なのだ。

*人間にとっては努力がすべてだ。

*日々のありふれた仕事をきちんと果たしていくことで、人間はより高い能力を身に
 つけるものなのだ。

以上、最後までお読み頂きありがとうございます。


* * * * * 姫路城の歴史(109) 姫路ぶらぶらから原文のまま紹介 * * * * * 

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第109回目は、姫路城の歴史『 姫路城の資材を運び込んだ「車門」跡 』をお届けします。

 「西国街道」の標石の向かいにある「車門跡」は中曲輪に置かれた11の城門の一つ
「車門」の遺構で、この門は2重の「枡形」と3棟の門からなる珍しい形状の「枡形門」
です。この門の外門前には荷車が通れる「木橋」が架けられ、西国街道から直接荷車を
引き入れたため、この門は「車道門」と呼ばれていました。
 また池田輝政の築城時には、ここから直接資材を積んだ荷車を運び入れたと伝えられ、
そのために「車門」と名付けられたといわれています。

以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P68 から
             『 姫路城の資材を運び込んだ「車門」跡 』
                                                        を紹介させて頂きました。

   
*藤橋家homepage             http://www.fujihashiya.com/
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2012年10月 8日 (月)

“人を相手にせず、天を相手にせよ。” & 姫路城の歴史(108)

 標題の言葉は、西郷隆盛の『南翁洲遺訓』の言葉で、この言葉は次の様に続きます。

「人を相手にせず、天を相手にせよ。
 天を相手にして、己を尽くし、
 人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」

 これは、人間学を学ぶ月刊誌 致知10月号の致知随想というコラムで、西郷隆盛を
人生の師と仰ぎ、その深い尊敬心から、生まれ育った横須賀を離れ西郷隆盛の故郷
の鹿児島に移住をされ10年以上たったという“安川あかね氏”の「西郷隆盛と歩む」と
いう文章の中に紹介されていたものです。

 また、西郷隆盛と言う人間の大きさを言い現わしている味噌汁の話も書かれており、
ご存知の方も多いかと思いますが、私は大いなる感銘を受けたので此処で紹介させて
頂きます。

 西郷さんが肥満改善のため、食事制限をする必要があると診断され、弟の従道
(つぐみち)のところで治療することになります。
 ある朝、従道が朝食を食べると味噌汁に味噌が入っておらず、白湯のままでした。
すぐさま給仕を呼びつけて、

 「なんだ、この味噌汁は。味噌が入っていなくて白湯のままじゃないか」

と注意をしたのですが、すでに登庁したはずの兄のことが頭によぎり、

 「兄はこの味噌汁を食べても何も言わなかったのか」

と聞きます。

 「はい。隆盛様は、これはうまいと言って出かけられました」

という給仕の答えに、

 「兄には敵(かな)わん。俺もまだまだだな」

と呟(つぶや)いたそうです。

 安川あかり氏は、この逸話により、心が洗われ、忘れかけていた日本人の道徳心
が呼び覚まされるのではないかと問いかけられています。
そして、敬天愛人の精神が如実に表れているように思うとも言われています。

もう一度、今日の標題の言葉を繰り返し読み返したいと思います。

 『人を相手にせず、天を相手にせよ。
  天を相手にして、己を尽くし、
  人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし』

 何事にも、謙虚な気持ちで一歩引いて自分の誠の足りないことを反省し
西郷さんの様な大きな男になりたいと切に思います。

本日も、最後までお読み頂きありがとうございます。


* * * * * 姫路城の歴史(108) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * * * * 

姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。

第108回目は、姫路城の歴史 『 高瀬舟を留め置いた「舟入川」 』をお届けします。

   「一之橋」から南に下ると「炭屋橋」という橋があり、そこを流れる小川の横に小さ
な児童公園があります。

  ここは江戸時代、船場川を行き来する「高瀬舟」を留め置いた「船溜」の跡で、
「船入川」と呼ばれていまいた。この「高瀬舟」には、、藩米を始め、塩・茶・木綿・木
・薪炭・石灰などが積み込まれ、姫路の外港である「飾磨津」へ運ばれ、そこから
大坂へと廻漕されて行きました。


以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”のP68 から
               『 高瀬舟を留め置いた「舟入川」 』を紹介させて頂きました。

   
*藤橋家homepage              http://www.fujihashiya.com/
*たまごや通心(こだわりの通販)http://www.tamagoya.org/
*姫路ケーブルテレビ WINK“たまごや”放映番組~いま、輝いてます~のYou Tubeです。
                                       http://www.youtube.com/watch?v=GJ15H13ZaRw

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