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2012年11月12日 (月)

川端康成『有難う』 & 姫路城の歴史(113)

 私の愛読書 月刊致知に毎月、文学博士鈴木秀子先生の“人生を照らす言葉”という連載があります。その11月号のお話が、川端康成の『有難う』という僅か四~五ページの短い作品を取り上げ、次の題名を掲げて紹介されています。

「ありがとう。」
「ありがとう。」
「ありがとう。」

彼は十五里の街道の馬車や
荷車や馬に一番評判の
いい運転手である。

 人を動かすのは、必ずしも言葉ばかりではありません。誠実に、真摯に生きる姿は、何よりも人に大きな感化を与えるものです。文豪・川端康成が描いた、位地も肩書もない市井に生きる運転手の姿は、私たちにさわやかな感動と示唆を与えます。
この『有難う』という話は、貧しさゆえにこれから娘を売りに出さなければならなくなった母親が、娘と共に定期乗合自動車に乗る場面から始まります。
 
自動車の運転手は、その母親も含め、地元の人々から「有難うさん」と呼ばれて親しまれ、信頼を得ています。
「有難うさん」は、細い山道を乗合自動車で走りながら、通り過ぎたり、追い抜いていく為に道をあけてくれる、乗合馬車や、材木の馬力や、大八車、そして、人力車に馬たちに、
いつも「ありがとう。」と、澄んだ声ではっきりと言いながら、啄木鳥(きつつき)のように頭を下げていさぎよく敬礼をする。その母親と娘を乗せてはしる十分間に三十台の車を追い越しても、礼儀を欠かさない。
 
百里を疾走しても端正な姿を崩さない。それが、真直ぐな杉のきのように素朴である。
 
・・・ 中略 ・・・翌朝の場面にかわり、
 
 次の日の明け方、運転手は木賃宿を出て兵士のように広場を横切っていく。その後ろから母親と娘がちょこちょこ走りについて行く。車庫から出た大型の赤い定期乗合自動車が紫の旗を立てて一番の汽車を待つ。
 
と続きますが、
結局この度は、母親は娘を売りに出さず家に連れて帰ることになります。
昨晩いったい何があったのか、本文に記述は一切ないそうです。

ただ、母親が娘を売りに出すことを思いとどまったその理由を、鈴木秀子先生は次のように綴られています。
「この運転手は特別な才能も肩書もない、平凡な市井(しせい)の人です。しかし自らの生業を日々一生懸命に務め、自分の出合うすべての出来事を「ありがとう」と心からの感謝をもって受け止めている。そういう生き方が、本人の自覚しないところで母親を感化し、二人の人生をよい方向へと転換させたのです。」
 
そして、次の言葉で今月号の連載を締め括られています。
「・・・私たちは自らを振り返り、ささやかなりとも周囲によい影響を及ぼすことの できる人間を目指してゆきたいものです。」
 
 心洗われる文章に接し、是非ともその内容をご紹介したいと思い、本日の題材に上げさせて頂きました。
最後までお読み頂きありがとうございます。
 
 
* * * * * 姫路城の歴史(113) 姫路ぶらばらから原文のまま紹介 * * * * * 
 
姫路円卓会議発行の“姫路ぶらぶら”から姫路城にまつわる歴史を紹介しています。
第113回目は、姫路城の歴史 『 埋まってないのに「埋門」』 をお届けします。

 「車門跡」のすぐ南には、「埋門(うずみもん)」と呼ばれる門跡があります。
通常「埋門」と言えば、姫路城の「はノ門」のように、内側から土砂などで埋めて塞いでしまうことをいいます。しかしこの「埋門」は、どこからどう見ても普通の「枡形門」で、埋門的な要素はどこにもなく、この「埋門」という名称は単なる固有名詞としか思えません。
 なぜこのような名前が付けられたのかわかりませんが、この門のある場所は姫路城の「中曲輪」の南西、つまり裏鬼門に当たっていることから、「埋」という字を使うことよって、城に入ろうとする鬼たちに「ここは城門ではない」と主張しているのだといわれ、この門は普段は決して開けられる事のない「開かずの門」でした。
また姫路城の北東の鬼門にある「竹の門」も「他家(たけ)の門」として「ここは姫路城の城門ではない」と主張しているのだといわれています。
 
以上、姫路円卓会議発行のガイドブック“姫路ぶらぶら”の P70 から
           『 埋まってないのに「埋門」』を紹介させて頂きました。
 
*藤橋家homepage     http://www.fujihashiya.com/
*たまごや通心(こだわりの通販)http://www.tamagoya.org/
*姫路ケーブルテレビ WINK“たまごや”放映番組~いま、輝いてます~のYou Tubeです。
http://www.youtube.com/watch?v=GJ15H13ZaRw

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