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2020年4月20日 (月)

『「目の前に来た球を無我夢中で撃ち続ける」      致知5月号 連載第106回二十代をどう生きるか』

『「目の前に来た球を無我夢中で撃ち続ける」
     致知5月号 連載第106回二十代をどう生きるか』
 
 先週の夕方に今年の4月に入社した若い社員さんと読書
についての話をしていました。その読書とは、人間学を学
ぶ「致知」の読書についてです。本日、4月20日は致知
読み、書いてきた感想文を発表し合い、心の交流を深め
合う木鶏クラブという読書の会が開催されます。但し今回
はZOOMを活用したWEB会議の形式で行います。
 
 社員の皆さんが、毎月届く人間学を学ぶ「致知」を一冊
読破してくれ、日々の仕事の中で致知の話が自然に話題に
のぼる!そんな会社になって欲しいと言うのが私の夢です。
心を磨き、己を成長させる為には、読書は不可欠なもので
あるとうことは偉人が誰しも強く説いておられることで、
皆様も納得されていることだと存じます。
そんな話をその若い社員さんにしました。
 
 私は次の佐藤一斎「言志四録」の次の言葉を己の戒めと
して座右の言葉にしています。
 
「少にして学べば、則ち壮にして為すことあり。
 壮にして学べば、則ち老いて衰えず。
 老にて学べば、則ち死して朽ちず。」
 
 上の言葉の言葉をとても優しく、情熱的に、愛情をもって
説かれているのが、本日紹介する連載「二十代をどう生きる
か」に登場されているリッツ・カールトンの元日本支社長の
高野登氏です。
 
 致知の高野登氏の寄稿された文章紹介に次の様にあります。
 
「高野氏はいかにして超一流のホスピタリティーを身に
 けたのだろうか。夢に燃え、無我夢中だったと語る二十
 辿ることで、その成功の要諦を探りたい。」
 高野氏は自分の二十代を一言で表すと「無我夢中」の一言
に尽きると言われています。一流のホテルマンになりたいと
いう夢に燃え、我を忘れて仕事に没頭していたとも言われて
います。そんな高野氏の二十代を次の様な生き方であると
説明されています。
「目の前に与えられた仕事・課題を無我夢中で取り組んで
 いるうちに、次第にその仕事が自分の一部になり、天職
 になっていくものです。天職に出会えていない人は皆、
 無我夢中でやり切る前に、「自分には合っていない」と
 自己判断し、辞めていってしまうのではないでしょうか。
 
 私はこれまで何度も失敗や悔しい思いを経験してきまし
 た。しかし同時に、他人に認められるのは完璧にこなせ
 る人ではなく、本気で打ち込んでいる人であると感じる
 ようになりました。本気になったて全力で打ち込んでい
 ると、天が味方をしてくれる。これは二十代で得た最も
 大きな気づきです。」
 
 
  ホテルの専門学校を第一期生として卒業をしすぐに、
 憧れのアメリカに渡りホテルで働き出した二年目の夏に、
 たまたま上役達の予定が合わず、高野氏が総支配人の集う
 会議に出席することになります。
 
  会場は、1985年にプラザ合意が結ばれたことでも有名な、
 アメリカを代表する「プラザホテル」です。22歳の若造に
 とって、そこでの経験は一生忘れることが出来ず、その後
 の高野氏の人生を決定する大きな経験となります。
 
 高野氏の話は次の通りです。
 
「その会の内容よりも、プラザホテルに従事するウエイター
 やウェイトレスたちの立ち振る舞いが、まるでブロード
 ウェイの役者のようで、どこをとっても素晴らしかったの
 です。
 
 いちどオーダーを聞いたらそれを覚え、我々の会話を中断
 させることなく、料理を運んでくれる。こちらの様子を
 常に伺い、絶妙なタイミングで料理の説明をしたり飲み物
 のおかわりを持ってきてくれたりするなど、そのホスピタ
 リティーは感動の連続でした。
 
 これを私は「気配を消しながらも、存在感があるサービス」
 と表現しています。決してお客様の邪魔にならないけれど、
 必要とする時にそこにあるサービス。これが私のホテルマン
 人生を貫くモットーとなったことは間違いありません。
 その日以来、私の目標は「絶対にプラザホテルで働く」こと
 になりました。プラザホテルで仕事をするために、今の自分
 は何が不足していて、どのくらいの期間があれば補えるのか。
 
 考えてみたところ、語学や教養など勉強することが山積みで、
 二〜三年では役に立てず、五年でも力が及ばないだろう。
 であれば、八年後の三十歳の時までにプラザホテルの従業員
 としてふさわしいスキルを身につけよう。そう目標を定めた
 のです。
 
 
  その後の高野氏の情熱と努力のお話は省略しますが、なん
 と高野氏は二十八歳の時にプラザホテルで働けることになる
 のです。
 
  高野氏が二十代で得た最も大きな気づきという
「本気になったて全力で打ち込んでいると、天が味方をしてく
 れる。」という話のとても素晴らしいエピソードは、是非、
 致知の本文を読んで堪能して頂きたいと存じまう。
 
 
 高野氏が二十代の方々に伝えたいこと。この言葉は私の心も
打ち、感動させられる言葉です。その言葉を最後に紹介して
本日のこの話を締め括ります。
 
 
色々な経験を踏まえて二十代を過ごす若者に伝えたいのは、
 「四の五のと言わずに来た球は打とう」ということです。
 まだ頭で稼げない若い時は体力で稼ぐしかありません。
 私も二十代前半は雑用や掃除など、とにかく下積みの経験を
 しています。
 
 仕事とは人間を相手にするものです。人間学を学ぶには、
 汗を掻(か)く経験が絶対に不可欠です。そして二十代の後半
 には選球眼を身につける事ができていたら、一皮むけて
 「最近いい仕事するね」と声をかけてもらえると思います。』
高野氏は成長のプロセスを青虫の成長に例えておられます。
 
『青虫は卵から孵(かえ)ると、目の前にある葉を一生懸命に
 食べ始め、美しい蝶に進化する前にサナギになります。
 この時期は体が一度溶けて蝶に生まれ変わる、非常に苦し
 く辛い時期です。
 
 人間の成長も同様で、入社から3から4年が経つと、責任の
 ある仕事を任され、今まで以上の成果を期待されるように
 なります。それまでの延長線上の努力では仕事が回らなく
 なることもあるでしょう。
 
 その時こそがサナギの段階。この苦しさを乗り越えた先に
 成長があり、皮がむけて蝶になると、青虫の時には見えな
 かった景色が目の前に広がってくるのです。』
 
よくよく噛み締めたい言葉です。
本日も最後までお読み頂きありがとうございます。
 
 
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