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2020年7月13日 (月)

『最悪を最高の出来事に変える最強のピアニスト 致知7月号より』

『最悪を最高の出来事に変える最強のピアニスト 致知7月号より』

 

 人間学を学ぶ月刊誌致知7月の話を読んで大変驚きました。

アメリカで成功を収め始め活動をされていたピアニスト西川梧平

氏は、ピアニストにとって生命線の指を難病に侵され、医師から

「一生ピアノを弾けない」と宣告されます。

 

 両手の指がジストニアという難病で動かなくなりながらも、リハ

ビリを続け、左手の指が使えるのは二本、右手はなんとか五本指が

動くようになり、その後、七本指のピアニストとして世界中で活躍

する夢を掴んで行かれます。

 

 とんでもない逆境をプラスに捉え、自らの人生を切り開いてきた

西川氏の思考法を、人間学を学ぶ致知7月号のインタビュー記事を

読み直しながら学んでみようと思います。

 

 致知7月号の西川氏の話の題名は『最悪と思われる出来事も、

考え方と行動によって 最高の出来事に変えられる』です。

 

 

 私は5月からYouTubeのアップを始めましたが、そのテーマが

「人間の心で行う思考は人生の一切を創る」であり、西川氏という

ピアニストは、正にこの言葉を具現化しながら夢をかなえ続けて

こられた人です。

 

 この致知7月号の西川さんのお話を紹介しながら話を進めて参り

ます。

 

 

 西川氏のピアノ人生は、十五歳というかなり遅い時期にピアノを

始められので「絶対にピアノでは音楽大学に行けない」と笑われ、

ニューヨークからスカウトされた時も、「そんなうまい話はない。

絶対に成功しない」と言われました。また、先ほど紹介した脳神経

の指の難病で指が動かなくなった時は、五人の医師から「ピアノは

二度と弾けない」と告げられます。

 

 西川氏は「絶対無理」と言われ続けたことを叶えてきた人生で

あると自らの人生について語られています。

 

また、諦めなかったことで、それらをすべて可能にすることができ

たからこそ、そういう実体験を多くの人に伝えることで、夢を諦め

ない力を身につけてほしいと願い、講演にも力を入れておられます。

 

 何故、七本の指で弾くピアノの音に、強い魂がこもっていると

感じられるほどの力があるのでしょうか?

(YouTubeを検索して聞いてみてください。実感できます。)

7本指のピアニスト/西川悟平 生演奏

 

それは、まだ日本にいた時に、ニューヨークにスカウトされた、

生涯の師となるデイヴィッド・ブラッドショー先生に先ず教えられ

たのが、「Find your own voice」自分の声を見つけなさい。

技術ではなく、音色で勝負をしなさいと教えられ、その教えを計り

知れない努力で身につけてこられたからです。

 

 心に響くメロディーにするためには「消えていく音の中にある音

を聴き、そこに次の音を重ねていくのです。」という西川氏の言葉

を一言だけ紹介しておきます。この詳しい話は致知本文でご確認

ください。

 

 

 アメリカで指が動かずピアノが弾けず収入もなくなりアルバイト

をされますが、そこで知人の紹介で幼稚園で働くようになります。

その時に西川氏の考え方が百八十度変わる事件が起きるのです。

 

 幼稚園児たちにせがまれて、当時動かせた五本指だけで「きら

きら星」を弾いたのです。指は曲がり、変な指づかいでしたが、

子供たちは、そんなこと全く気にせず、単純に演奏を楽しみ喜ん

でくれたのです。

 

 その時、西川氏は、「いま動く指だけで弾けばいい」とハッと

気づくのです。それまではどうすれば再び十本の指で弾けるよう

になるかと考えていたのが、「五本指しか動かない」ではなく、

「五本も指が動く」という意識に大転換し、心からご自身の指に

「ありがとう」と感謝した瞬間、この病気が西川氏の味方になっ

て、翼として羽ばたき始めてくれたと語られています。

 

 

「最悪と思われる出来事も、ちょっとした考え方と行動の違いに

 よって最高の出来事に変わることがある」

 

 この言葉が、西川氏の座右の銘です。闘病で苦しい時もありま

したが、渡米して二十一年間、スポンサーが途絶えたことがなく、

人生を諦めず、常に感謝することを忘れなければ、周囲の方々も

協力してくださるのだとこれまでの人生を振り返っておられます。

 

 実は、西川氏はこれまで世界中でニュースになっているような

大事件に何度も巻き込まれているのです。

 

 2001年、ニューヨークで同時多発テロがあった時、ワールド

トレードセンターの上層階でアルバイトをしていて、混乱の中で

何とか命拾いをされたり、2003年にSARSが大流行した時は、当時

ルームシェアしていた友人がSARSに罹患し、西川氏は一時期隔離

されていたそうです。その他、挙げればきりがないそうですが、

どの出来事も渦中は八方塞がりでどうしようもないと思われがち

ですが、必ず出口があったと言われています。

 

 そして、指の難病もそうですが、闇が暗かった分、出口の先に

広がっている世界は光輝いているのです。

 

 人間学を学ぶ月刊誌致知7月号から七本指のピアニストの

『最悪と思われる出来事も、考え方と行動によって最高の出来事

に変えられる』というお話のほんの一部を紹介しながら、致知7月

号の特集『百折不撓』の話を学んで参りました。

 

 皆様にも色々と感じて頂けたかと思いますが、私は、この致知と

のご縁があるからこそ、この様な素晴らしい「逞しく、痛みを感じ

るほどの美しい人間の生き様」を学ばせて頂ける幸運に感謝して

おります。そして、我社の全社員に致知を配り、みんながこの致知

を毎月読破し、日頃から社員のみんなが、致知に紹介されいる素晴

らしい人間の生き様や、歴史などを楽しく、当たり前の様に話題に

する会社になることが私の夢です。そうなれば、我社の全社員の

人間力が大いに高くなり、この世の中を幸せにしてくことが出来る

と確信しているからです。

 本日も最後までお読み頂きありがとうございます。

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